相続の知識

個人版事業承継税制とは?概要やメリット、手続きの流れを解説

少子高齢化などを背景とする後継者不足から、事業承継は個人事業主にとっても重要な課題です。この記事では2019年度税制改正によって誕生した「個人版事業承継税制」のあらましや実際にどのような手続きで進めていくのかについてわかりやすく解説します。事業承継を検討している方はぜひ参考にしてください。

個人版事業承継税制とは?

事業承継税制とは、事業の後継者が贈与や相続などで取得した資産について、贈与税や相続税の支払いを猶予、あるいは免除してもらえる仕組みです。もともと承継者は法人のみに限られていましたが、2019年度の税制改正により個人事業主にも適用範囲が広がりました。

通常、事業を承継させるというと法人のイメージが強いかもしれません。しかし個人が主体となって事業を営む個人事業主であっても、事業で必要となる資産を任意の後継者に引き継ぐことは可能です。事業承継税制の適用範囲が個人事業主にも広がったことで、事業承継にかかわる贈与税や相続税の負担が軽減するケースが増えています。

ただ、注意すべきポイントもあります。それは、個人事業主が事業承継税制を使って引き継げる資産には、一定の制限がある点です。どのような資産なら対象になるのかについては、後ほど具体例を挙げて解説します。

参考:経済産業省|-経営承継円滑化法-【個人版事業承継税制の前提となる 経営承継円滑化法の認定申請マニュアル】令和4年4月改訂版

事業承継税制の概要については、以下の記事も参考にご覧ください。

制度の目的

法人版事業承継税制の対象を個人事業主に広げた背景には、少子高齢化による後継者不足問題があります。そもそも中小企業では、大企業よりも資金や人材などリソース不足で悩む経営者が少なくありません。とくに経営者が高齢で適任の後継者がいない場合、企業としての存在が危ぶまれる事態になってしまいます。

また、中小企業が培ってきた技術やノウハウなどの経営資源が次世代に引き継がれることなく失われてしまうことは、地域経済にとっても大きな損失です。そこで後継者への事業承継をより円滑に進めるため、相続税など税金の負担を軽減できるように事業承継制度が作られたのがはじまりです。

中小企業の中で多くを占めている個人事業主も、年々高齢化が進んでおり事業の継続が困難になっているとともに、後継者のなり手が不足しています。そこで事業や地域経済を守るべく個人事業主にも適用範囲を広げ、個人版事業承継制度が誕生しました。

適用期間

個人版事業承継制度が適用されるのは、「2019年1月1日から2028年12月31日までに事業用資産が贈与や相続によって承継された場合」のみです。
一方、法人版で2018年度の税制改正より前に行われてきた「一般措置」の場合は期限がありません。法人と同様に考えていると、適用されなくなることもありえるため、注意が必要です。

個人版事業承継税制のメリット

個人版事業承継税制のメリットは、主に「贈与税や相続税の支払いを猶予もしくは免除してもらえる」という点です。
青色申告に係る事業(不動産貸付業等を除く)を承継する際、一定の要件を満たせば贈与税や相続税などの支払い全額を「猶予」してもらえます。猶予の状態ではあくまで支払わなくてもよい期間があるだけで、支払い義務自体は残っていますが、一定の事由がある場合は「免除」されます。

納税の猶予または免除により、後継者が十分な資金を持っていない場合でも、納税による資金繰りの悪化を回避し、本来支払うはずだった金額を事業運営にまわすことが可能です。先代事業者側から見ても、上記のように後継者の負担が軽減されることから、後継者候補が増えるなどして後継者を選びやすくなるというメリットがあります。

個人版事業承継税制のデメリット

一方、個人版事業承継税制を受けるためには、注意すべき点もあります。

  • 個人事業承継計画の提出が必要である
  • 承継後は事業を継続しなくてはならない
  • 納税の免除は、後継者の死亡など条件が限られている
  • 適用期限がある

個人事業承継計画とは、個人事業主が将来にわたって事業を進めていくため、いつ、どのように承継するのか、課題、対策などをまとめた計画書です。これにより一定の要件を満たしているかどうかがチェックされます。

また、後継者が承継後に事業をやめてしまった場合、本税制は適用されなくなり、猶予税額と利子税を納付しなければならない点に注意しましょう。さらに、納税が最終的に免除されるのは、後継者が死亡した場合などごく一部に限られています。10年の適用期限に見合っているかどうかも確認したうえで、申請することが大切です。

個人版事業承継税制の対象となる資産

当制度の対象となるのは、確定申告時、青色申告書の貸借対照表に記載されている下記の資産です。

  • 土地または借地権
  • 建物
  • 減価償却資産

いずれも先代事業主が所有していた資産のうち、事業用として所有していた資産の一部が対象となっています。
また該当する資産は「特定事業用資産」といい、そのうち贈与税の納税猶予を受けるものを「特例受贈事業用資産」、相続税の納税猶予を受けるものを「特例事業用資産」といいます。

土地または借地権

先代事業主が事業のために所有していた土地で400㎡以下の部分については、承継時に納税が猶予されます。建物を建築する目的で土地を借りることができる借地権についても同様です。

建物

事業用の土地と同様に、その場所に建っている建物も対象です。ただし建物の床面積で800㎡以下の部分のみとなっています。また貸し付けることで不動産所得を得るようなケースでは、たとえ事業用の建物であっても適用されません。

減価償却資産

確定申告の際、固定資産として減価償却が必要となる製造機械やパソコン備品などです。ほかにも一定の要件を満たす車両や乳牛、果樹といった生物、無形固定資産である特許権などがふくまれます。

個人版事業承継税制の要件

個人版事業承継税制の適用を受けるためには、事業そのもの、先代事業者、後継者においてさまざまな要件が求められます。それぞれの項目の詳細について、解説していきます。

  • 事業の要件:資産管理にまつわる事業などに該当していないこと
  • 先代事業者の要件:確定申告時に青色申告をしていること、贈与する場合は廃業届出書を提出していること
  • 後継者の要件:個人事業主として開業届出書や青色申告承認申請書を提出していること、贈与を受ける時点で成年であること、事業に携わっていたことなど

事業の要件

贈与や相続のときにおいて、当該事業が以下の要件を満たす必要があります。

  • 資産管理事業に該当しないこと
  • 性風俗関連特殊営業に該当しないこと

なお、資産管理事業とは、以下の事業のことです。

【資産保有型事業】
有価証券や自ら使用していない不動産、現金・預金といった特定資産の割合が、特定事業用資産の事業に係る総資産総額の70%以上となる事業

【資産運用型事業】
特定資産からの運用収益が、特定事業用資産に係る事業の総収入金額の75%以上となる事業

先代事業者の要件

事業を承継させようとする先代事業者は、贈与(あるいは相続開始)の年、その前年、前々年の確定申告を青色申告でしていなければなりません。
また相続とは異なり、贈与の場合は生前に承継の手続きが可能です。事業を後継者へ譲ることを示すため、所轄の税務署に「廃業届出書」を提出しなければなりません。

後継者の要件

後継者は今後事業を承継していくことから、前提として期限内に下記を実施していることが必要です。

  • 税務署へ「開業届出書」ならびに「青色申告承認申請書」を提出していること
  • 都道府県に個人事業承継計画を提出し、経営承継円滑化法の認定を受けていること

青色申告が承認されると、すべての取引について詳細に帳簿を付ける必要があります。また贈与の場合は以下の要件も必須です。

  • 贈与時に成人(18歳)以上であること
  • 贈与された日まで3年以上にわたってその事業や同種の事業に従事していること

相続の場合は、後継者が相続する直前において、その事業や同種の事業に従事していれば問題ありません。

個人版事業承継税制の手続きの流れ

手続きは下記の流れでおこなうのが一般的です。それぞれのフェーズであらかじめ具体的な内容を確認しておくと、スムーズに手続きできます。

  1. 個人事業承継計画を作成し提出する
  2. 都道府県知事へ認定申請書を提出する
  3. 納税申告や担保提供をおこなう
  4. 3年に1回、税務署へ継続届出書を提出する

1. 都道府県に個人事業承継計画を提出する

個人事業承継計画を作成し、都道府県へ提出します。計画書には認定支援機関(税理士、商工会、商工会議所など)からの所見の記載が必要です。期限は2024年3月31日までとなっているため、忘れないようにしましょう。
なお、贈与や相続の開始後でも、上記期限までに計画書を提出する場合には、次項の認定申請書との同時提出が可能です。

2. 贈与実行・相続を開始する

贈与や相続がおこなわれたら、都道府県知事から経営承継円滑化法の認定を受けるために認定申請書を提出します。

期限は以下のとおりです。
【贈与時の期限】翌年1月15日まで
【相続時の期限】相続開始後8か月以内

3. 税務署へ納税申告・担保提供をおこなう

事業の後継者は、以下の期限までに納税を申告します。また、納税が猶予される税額や利子税の額に見合う担保を、税務署に提供しなければなりません。

【贈与時の期限】翌年3月15日まで
【相続時の期限】相続開始の翌日から10か月以内

4. 3年に1回、税務署へ継続届出書を提出する

納税猶予が開始された後も、そのまま放置はできません。毎年、確定申告時には所得税について青色申告をおこなうほか、3年に1回は継続申出書の提出が必要です。
また、納税猶予を受けた事業用資産は、基本的にそのまま保有し続けます。万一劣化などで処分する場合には、税務署へ申告しなければなりません。

おわりに:個人事業でも事業承継税制をぜひ活用しよう

個人版事業承継税制を活用すると、贈与税や相続税を猶予あるいは免除してもらえる可能性があります。ただ、適用期限があるほか、各期限までに計画書や認定書の提出が必要となるなど注意点が多く手続きが煩雑です。

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この記事を監修した⼈

税理士法人レガシィ代表社員税理士パートナー陽⽥賢⼀の画像

陽⽥ 賢⼀税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

企業税務に対する⾃⼰研鑽のため税理⼠資格の勉強を始めたところ、いつの間にか税理⼠として働きたい気持ちを抑えられなくなり38歳でこの業界に⾶び込みました。そして今、相続を究めることを⽬標に残りの⼈⽣を全うしようと考えております。先⼈の⽣き⽅や思いを承継するお⼿伝いを誠⼼誠意努めさせていただくために・・

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武田 利之税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

相続はご他界された方の人生の総決算であると同時にご遺族様の今後の人生の大きな転機となります。ご遺族様の幸せを心から考えてお手伝いをすることを心掛けております。

<総監修 天野 隆、天野 大輔税理士法人レガシィ 代表

<総監修 天野 隆、天野 大輔>税理士法人レガシィ 代表

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