コラム

横溝正史「犬神家の一族」と相続(後編)

前回に続いて横溝正史「犬神家の一族」です。今回は、遺言状そのものについて解説してみたいと思います。(前回同様ネタバレが含まれます。)


この遺言状、内容を見ると、犬神姓でない若い女性にすべて財産を譲るようなことが書いてあったり、様々な停止条件がついていて頭が混乱してきま す。なぜこんなにややこしくなってしまったのでしょうか?


理由1:一番愛した人が直系・嫡出子ではなく、家族関係が複雑すぎたから


家系図を見てもらうと愛人⑤として野々宮晴世という女性がいます。遺言者である犬神佐兵衛が一番愛した女性です。裸一貫で路頭に迷っていた自分を助けてくれた恩人の妻であったことから、正妻にできなかったわけです。佐兵衛はその孫である珠世をほかの子供や孫以上に一番愛していました。なので、珠世に財産を全部渡したいという感情が強かったのです。


また、晴世が亡くなってからは、愛人④の青沼菊乃を本気で愛していました。したがって、その息子の静馬もかわいいので第二順位で財産をあげたいと考えます。


しかし、佐兵衛は事業を経営して大成功をおさめており、その事業は犬神の姓を持っている人物でないと実際のところ継げない状況でした。そこで三人の娘(松子、竹子、梅子)の子供のうち、一番信頼できると感じた佐清に継がせようと考えました。幸い佐清は珠世と相思相愛に見えたので、珠世の財産取得にあたり佐清と結婚することを停止条件にしたわけです(結婚して子供ができれば、その子供が将来的に後継者兼財産取得者となるためです)。


理由2:思いを残さずに遺言書本文で全部済ませようとしたから


本来ならここまで複雑な事情があれば、生前にしっかり伝えたり、遺言書の付言事項やお手紙などで経緯と自分の思いを述べるべきでした。たしかに、一般的に考えてこのような愛人が絡む事情を吐露するのは精神的にこたえるため、聴く側のことを考えると酷です。ただ、殺人事件を回避できるとするとどうでしょう? しっかり述べることで自分の気持ちが落ち着いて幸せな気分になれるとしたらどうでしょうか?遺言自体を複雑にしなくても、思いがしっかり伝われば、その思いにそって相続していく可能性があったかもしれません。


YouTubeチャンネル「相続と文学」でも今回の論点をより詳しく解説していますので、ぜひご覧ください


【相続と『犬神家の一族』後編】あの遺言を全文詳細解説!なぜ犬神佐兵衛はこんなややこしい遺言を書いたのか?