コラム

言ってはいけない相続現場での言葉

「リア王」は不条理?

さて、第1回はシェイクスピアの『リア王』です。簡単なあらすじを紹介しますと

⑴ はるか昔のイギリス。老いたリア王は、王国を3人の娘に分け与える。

⑵ 長女ゴネリルと次女リーガンは偽りの愛を語り土地を得るが、末娘コーディリアは本当に愛しているが故に正直な自らの気持ちを話し、怒ったリア王に追放される。

⑶ 王位を得たゴネリルとリーガンはリア王を冷たく扱い、リア王は悲しみと裏切りで狂気に陥る。一方、コーディリアはリアを助けようと戻るが、最終的に彼女は捕らえられ殺され、リア王も悲しみの中で亡くなる。


いかがでしょう? そう、末娘がとても不憫ですよね。昔から『リア王』は謎が多く「不条理すぎる!」と評されてきました。「リア王が自分勝手なので最後に罰を受けて死ぬのはわかる。でもなぜ末娘コーディリアは誠実で父親思いなのに最後死んでしまう悲劇になるのか? あまりにも可哀想だ」という感想を読者がほぼ全員抱くためだと思われます(ただ、一方で良い人が救われる、という一般的な物語になっていないからこそ文学作品の傑作としてとらえられてきた面もあります)。


「何も」事件:相続的な罪

しかし「相続」という視点で考えると決して不条理ではなく結構納得がいく面があります。私の仮説ですが、作者はおそらく「相続におけるモラル」を主題の1つとして考えていたのではないかと思うのです。というのも、この戯曲執筆直前に作者のシェイクスピアはお父さんを亡くし、相続をめぐる人間模様に直面したように思われるからです。この清廉潔白で誰が見ても善のイメージしかないコーディリアに、実はいわゆる「相続的な罪」を犯させ、可哀想ではあるが罰を受けてもらわないといけないと考えていたのではないか? というのが私の読みです。


さて、どんな「相続的な罪」でしょうか? コーディリアは父リア王から、「将来の争いを防ぐために遺産をどうするか発表する。ただし親を思う気持ちが最も深い者に最も大きな贈り物を授けよう」と言われます。長女や二女が思ってもいない父への愛情を口だけで取り繕って財産を引き出そうとしているのに嫌気がさし、三女コーディリアは「何も(Nothing)」と答えたのでした。「何もないはずはないだろう、言い直せ」と父に言われて「不幸せな性分で、胸の思いを口に出すことができないのです。私はお父様を愛しています。子の務めとして。それ以上でもそれ以下でもありません」と答え、リア王を激怒させて勘当されてしまうのでした。


「いやいや、コーディリアは反抗心だけでそう言ったのではない。謙虚で慎み深く父を実際に愛していた。ただ愛情を伝えると自分のモラルに反して、財産をたくさんもらうことになってしまうからあえて愛情を伝えなかっただけだ。むしろそんなことを言わせるリア王のほうこそ大いに問題がある!」そう仰る方も多いでしょう。私もある意味同感です(実際リア王もそのような「相続的な罪」を犯した結果、物語の最後で作者により罰を受けて亡くなります)。


しかし、本当にそう言い切っていいでしょうか? 私としてはずっと国を命懸けて守ってきたリア王の目線で考えると、コーディリアのこの言葉はある種「罪」深さを持っているように思えます。もちろんコーディリアが良い人であることは間違いなく、応援したいです。ただこの言葉が突き刺すダメージはかなり深い。財産を譲ることにただでさえ苦しんでいるリア王に追い打ちをかけ、決定的に苦しめるからです。酷な要望かもしれませんが、愛情があるならしっかり伝えてその上で遺産を自分や姉の身内だけにではなく、国のために使ってほしいというような提案もできたと思います。


非嫡出子への差別事件

もう一つ。エドマンドという強烈な個性を持つキャラクターが登場します。リア王の家来グロスター伯爵の子で、正式な配偶者との子供ではなく、法律的に言えば「非嫡出子」に当たります。「非嫡出子」は正式な法律に則った結婚により授かった子ではないため、「嫡出子」に比べて差別的な扱いを受けてしまいやすい立場です。エドマンドも「嫡出子」異母兄エドガーに比べて父親からひどい差別をされます。そこで復讐を企て、巧みにリア王を操り、兄エドガーを貶め、リア王の長女二女に取り入りながら王の地位を掠奪しようとしますが、最後に兄と死闘を繰り広げ破滅します。


差別は復讐を生むうえ、憲法14条1項で定められた「法の下の平等」も脅かされるため、日本の民法では改正されました。長らく900条4号ただし書きでは、法律婚重視の考えもあり、「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1」という前段が継続されてきましたが、子にとっては非嫡出子の立場を自ら選んで修正する余地がなく、個人の権限を尊重し、平成25年改正でこの前段が削除されました。これでようやく非嫡出子と嫡出子の相続分が同等になり平等になったわけです。


お読みくださっている士業の先生方も、相続や事業承継の実務において実際に親子喧嘩に出くわす際、何気ない一言でリア王たちのように重症化することがあるため、重要な局面では言葉についても専門家側から丁寧にアドバイスできるようにしておきたいところです。


※ 本内容は「税務弘報 2025年1月号」に掲載されています。