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クロスボーダーM&Aとは? メリットや実施の流れを解説

クロスボーダーM&Aは、一方が海外企業であるM&Aの一形態です。海外企業の販売網や顧客基盤を活用することで、すばやく新規事業に参入できるメリットがあります。本記事では、クロスボーダーM&Aの形態やメリット・デメリットを解説します。

クロスボーダーM&Aとは

クロスボーダーM&Aは、国境を越えたM&Aです。国内企業が海外企業を買収する、反対に海外企業が国内企業を買収するなどのケースがあります。クロスボーダーM&Aへの注目が高まっている要因のひとつは、人口減少に伴って国内市場が縮小傾向にあることです。長期的な経営を行うために国内だけに依存しない収益源を確保する必要があり、積極的に海外進出を図る企業が増加しています。

また、クロスボーダーM&Aは海外事業の拡大を見据えた大企業が実施するケースが多く、買収の規模が大きくなりやすい傾向にあります。一方で、国ごとの法律や文化、言語の違い、買収にかかるコスト、地政学上のリスクなど、国内M&Aとは異なる特有の課題を考慮しなければならない点もクロスボーダーM&Aの特徴です。

クロスボーダーM&Aの3つの種類

クロスボーダーM&Aは、買収する側の企業と買収される側の企業が、国内企業(IN)なのかそれとも海外企業(OUT)なのかによって以下の3種類に分類されます。

種類 説明
IN-OUT型 国内企業が海外企業を買収する形態
OUT-IN型 海外企業が国内企業を買収する形態
OUT-OUT型 海外企業同士で行われる形態

近年、特に事例が多いのはIN-OUT型のクロスボーダーM&Aです。海外事業を拡大させていくため、アジアの新興市場や欧米の巨大市場に進出する国内企業が増えています。

1. IN-OUT型

IN-OUT型は、国内企業が海外企業を買収するM&Aを指し、海外市場への直接進出の手段として用いられています。近年のIN-OUT型クロスボーダーM&Aの事例は以下のとおりです。

  • パナソニックホールディングスによるブルーヨンダー(アメリカのソフトウェア大手)の買収
  • 日本電産がエマソン・エレクトリック(アメリカの電子機器メーカー)の発電機関連事業を買収
  • ルネサスエレクトロニクスがダイアログ・セミコンダクター(イギリスの半導体メーカー)を買収

成長著しいアジアの新興国を対象とする事例も増えてきています。現地での基盤やネットワークを構築している企業と合併することで、海外進出にかかる時間とコストを削減できる点がIN-OUT型のメリットです。また、海外企業から有益な技術やノウハウを得られれば、国内事業との相乗効果も期待できます。

2. OUT-IN型

OUT-IN型は、IN-OUT型とは反対に、海外企業が国内企業を買収するM&Aです。海外企業が新たに日本市場へ参入したり、市場を拡大させたりするときに用いられます。以下のような事例が該当します。

  • 鴻海精密工業によるシャープの買収
  • ロシュによる中外製薬の買収

日本は規制の多さに加え、経営文化や買収への抵抗感もあり、OUT-IN型のM&Aは欧米と比較すると少ない傾向にあります。国内企業にとっては、海外企業の資本やノウハウを取得できるメリットや、M&Aを通じた経営構造などの変革がプラスに働く可能性がある一方、異なる国同士での文化的な違いが大きな課題となります。成功に導くには、経営手法や企業文化の戦略的な統合が欠かせません。

3. OUT-OUT型

OUT-OUT型は、海外企業同士で行われるM&Aです。日本企業の海外子会社が現地で実施するクロスボーダーM&Aや、買収した海外企業が絡むM&Aが当てはまります。国内企業が直接M&Aを行うよりも、海外子会社を通して実施するほうが、現地の法規制に適応しやすく、手続きの簡略化が可能になるといったメリットがあります。

OUT-OUT型の事例としては、セブン&アイ・ホールディングスによる、アメリカのコンビニ事業ブランド「スピードウェイ」の買収が代表的です。セブン-イレブンの米国子会社を通じ、米石油精製会社マラソン・ペトロリアム傘下のブランド「スピードウェイ」が運営するコンビニ事業と燃料小売事業を買収する取引が2020年頃に行われました。

クロスボーダーM&Aのメリット

クロスボーダーM&Aには以下のようなメリットがあります。

  • 新規市場にすばやく参入できる
  • 海外シェアを高められる
  • 海外の技術・人材などを取り込める
  • 海外・グローバル市場でのブランド価値向上につながる

海外市場でのシェアやブランド力を高めることで、国内市場との相乗効果も期待できます。クロスボーダーM&Aを成功に導くため、具体的にどのような効果を期待できるのかを確認しておきましょう。

新規市場にすばやく参入できる

現地企業を買収することで、時間をかけずにすばやく市場参入できる点がメリットです。自社で現地でのネットワークを一から構築するには、多大なコストと労力を伴います。進出先の国ですでに一定の地位を確立している現地企業であれば、既存の販売網や顧客基盤を活用でき、効率的な市場参入が可能です。

また、進出先の国ならではの規制や商習慣にスムーズに対応できるメリットもあります。日本国内とは需要や環境がまったく異なる国で、新たにビジネスを始めるのは容易ではありません。その点、クロスボーダーM&Aであれば、時間やコスト、リスクを抑えつつスピーディに事業を展開できます。

海外シェアを高められる

海外の競合他社を買収することで、市場シェアを拡大できます。海外進出によって新たな顧客層を獲得できれば、大きな利益につながる可能性があります。

例えば、IN-OUT型の事例で紹介した「ルネサスによるダイアログの買収」は、半導体メーカー同士のM&Aです。日本を代表する半導体メーカーのルネサスが、イギリスの大手半導体メーカーであるダイアログを買収することで、海外シェアを高める効果が期待できました。

このように、海外企業との合併や買収によって、グローバル市場での競争力を強化できるのがクロスボーダーM&Aのメリットです。自社製品を海外で販売しやすくなるだけでなく、反対に海外にしかない製品を日本国内に持ち込むチャンスも生まれます。

海外の技術・人材などを取り込める

クロスボーダーM&Aにより、新しい技術・ノウハウを海外企業から取り込めます。自社の技術と組み合わせることで、進出先の国の需要にマッチした新製品の開発や、既存製品の改良に役立てられる点がメリットです。2つの企業の技術やノウハウをうまく融合できれば、事業拡大や新たなビジネスチャンスの創出につながります。

また、海外から人材を獲得しやすくなるのもクロスボーダーM&Aのメリットです。国内では、生産年齢人口の減少や働き方の多様化を背景に、人手不足に頭を悩ませる企業が増えています。今のところ劇的な改善を見込みにくい状況下では、海外から優秀な人材を獲得してイノベーションを加速できるのは大きな魅力です。

海外・グローバル市場でのブランド向上につながる

海外での知名度や信用力を高められる点もクロスボーダーM&Aのメリットです。M&Aのニュースが大々的に取り上げられれば、進出先の国はもちろん、日本国内での認知度向上にもつながります。進出先の国での地位を確立できれば、海外市場と国内市場の両方でのブランド力向上を期待できます。

また、クロスボーダーM&Aは人手不足解消の手段としても効果的です。「海外事業に力を入れている企業」であることが就活生や転職者に知られれば、グローバルな活躍を希望する優秀な人材が集まりやすくなる可能性があります。

クロスボーダーM&Aで懸念されるデメリット

多くのメリットがある一方、クロスボーダーM&Aには少なからずデメリットもあります。特に懸念されるデメリットは以下の点です。

  • 買収後の経営統合に時間とコストがかかる
  • グローバル基準での経営に転換する必要がある
  • 地政学上のリスクがある
  • 自然災害などの対策範囲が広がる

M&Aの規模が大きくなるほど、経営統合には時間とコストがかかります。クロスボーダーM&Aを行う際は、進出先の国や相手企業の情報を入念に収集し、目的や戦略を明確にすることが重要です。

買収後の経営統合に時間とコストがかかる

相手企業との企業文化や商習慣の違いから、統合が難航する場合があります。買収して終わりではなく、その後も経営統合に時間とコストがかかる点を見落とさないようにする必要があります。加えて、クロスボーダーM&Aは国内企業同士のM&Aとは異なり、言語や法規制の違いへの対応が求められます。現場への負担の大きさから本来の事業活動に支障をきたすリスクもあり、想定外のコストが発生しやすい点にも注意が必要です。

グローバル基準での経営に転換する必要がある

会計基準や開示基準が異なるケースがあるため、ルールを正確に理解したうえで事業展開を進めなければなりません。海外企業を買収する場合、国内と海外とで会計基準が異なると業務が煩雑になります。グローバル基準での経営に転換し、海外子会社のガバナンス体制を強化することが求められます。場合によっては、経営戦略や組織体制の見直しが必要になるケースも想定されます。買収先の企業について慎重に調査し、経営状況や会計基準を正確に把握することがクロスボーダーM&Aでは重要です。

地政学上のリスクがある

地政学上のリスクも無視できないデメリットです。進出先の国によっては、紛争・テロのリスク、政治的な問題を抱えている場合があります。政治情勢や経済状況の変動によって事業に影響が出る可能性があるため、クロスボーダーM&Aを行う際はカントリーリスクを考慮しなければなりません。そこで重要となるのがリスクヘッジです。買収先の国のカントリーリスクを事前に把握しておくのはもちろん、貿易保険を活用したり、海外拠点を分散させたりして有事に備える必要があります。

自然災害などの対策範囲が広がる

リスク分散には複数の海外拠点を持つ方法が有効ですが、拠点の範囲を広げればその分コストと労力が大きくなります。例えば、フィリピンやカンボジアなどの東南アジア諸国は、台風や地震、豪雨による被害を受けやすい地域として知られています。進出先の国ごとの地域特性を考慮し、海外子会社も含めたBCP(事業継続計画)を策定しなければなりません。BCPの策定に向け、進出先の国に関する情報収集体制を強化することも求められます。

クロスボーダーM&Aで使用される主な手法

クロスボーダーM&Aでは、主に「株式譲渡」の手法が用いられます。ただし、買収ではなく合併などの場合には、「三角合併」または「LBO(レバレッジドバイアウト)」と呼ばれる特殊な手法が用いられるケースがあります。2つの手法の特徴を確認しておきましょう。

株式譲渡の手順やかかる税金については以下の記事で詳しく解説しています。あわせて参考にしてください。

三角合併

三角合併は、海外企業・海外企業の子会社・日本企業の3社間で行われる手法です。日本における会社法では、日本企業と海外企業との間で直接の合併はできません。そのため、海外企業はまず日本に100%子会社を設立し、その子会社と日本企業で合併を行う間接的な手法が用いられています。

三角合併は「(順)三角合併」と「逆三角合併」の2種類に分けられます。(順)三角合併は、買い手が設立した買収用子会社が存続会社となり、買収先の企業を消滅させる手法です。

一方、逆三角合併では買収用子会社を消滅させ、買収先の企業を存続会社とします。買収先の企業が海外においてブランド力がある、許認可を持っている、契約や取引先を維持したいといったケースでは逆三角合併を実施することがあります。

LBO(レバレッジドバイアウト)

LBO(Leveraged Buyout)は、買収先企業の信用力を担保に、買い手側の企業が資金を金融機関から借り入れる手法です。M&Aには多大な資金が必要になるため、企業単独では賄えないケースがあります。買取先企業の規模が大きい場合はなおさら困難です。

そこで、少ない自己資金で大型買収が可能になるLBOの手法が用いられています。ただし、LBO後に業績が下がると、巨額の債務を抱える恐れがあります。

クロスボーダーM&Aを理解し上手く活用しよう

クロスボーダーM&Aは、海外事業を拡大させていきたい企業にとって効果的な手法です。海外企業が持つ既存の販売網や顧客基盤を活用することですばやく新規事業に参入でき、海外シェアやブランド力を高められるメリットがあります。

一方で、経営統合に時間とコストがかかる点や、進出先の国が抱えるカントリーリスクなど、障壁も少なくありません。クロスボーダーM&Aを成功につなげるためには、進出先の国に関する情報収集体制を強化し、リスクヘッジを行うことが大切です。

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この記事を監修した⼈

税理士法人レガシィ代表社員税理士パートナー陽⽥賢⼀の画像

陽⽥ 賢⼀税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

企業税務に対する⾃⼰研鑽のため税理⼠資格の勉強を始めたところ、いつの間にか税理⼠として働きたい気持ちを抑えられなくなり38歳でこの業界に⾶び込みました。そして今、相続を究めることを⽬標に残りの⼈⽣を全うしようと考えております。先⼈の⽣き⽅や思いを承継するお⼿伝いを誠⼼誠意努めさせていただくために・・

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武田 利之税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

相続はご他界された方の人生の総決算であると同時にご遺族様の今後の人生の大きな転機となります。ご遺族様の幸せを心から考えてお手伝いをすることを心掛けております。

<総監修 天野 隆、天野 大輔税理士法人レガシィ 代表

<総監修 天野 隆、天野 大輔>税理士法人レガシィ 代表

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