相続の知識

医療法人の事業承継の方法とは?株式会社との違い、承継スキームについて解説

少子高齢化が進み、人手不足が深刻になるなか、医療法人もまた後継者問題から逃れることはできません。医療施設は事業承継すれば存続させられますが、事業承継の具体的な内容や方法を理解している人は多くはありません。本記事では、医療法人の事業承継の概要、注意すべき税金などについて解説します。

医療法人(病院)の事業承継とは

事業承継とは、経営者の高齢化などを理由に、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。医療法人の場合も一般企業と同様に、事業承継することが可能です。ただし、医療法人では事業承継される側の後継者不足が一般企業に比べて、より深刻な問題になっています。

帝国データバンクの『全国「後継者不在率」動向調査(2023年)』によれば、業種詳細別で見た場合の後継者の不在率は「医療業」が65.3%と、第1位の「自動車・自転車小売(66.4%)」に肉薄する第2位でした。第3位以下は「職別工事業(64.6%)」、「専門サービス(63.4%)」と続きます。
医療法人の後継者不足は、日本の少子化の影響を大きく受けているだけでなく、「子どもなどの後継者候補が医師ではない」「子どもが医師であっても専門分野が異なっている」といったことも原因になっていると考えられます。

参考:帝国データバンク『全国「後継者不在率」動向調査(2023年)』

医療法人と株式会社の違い

医療法人と株式会社との主な違いは、それぞれ「機関設計」「準拠法」「営利/非営利」「議決権」「配当」の点にあります。

医療法人とは、医師が常勤する病院・診療所などの医療施設の開設を目的として設立された法人のことです。機関設計としては、業務を執行するのが、理事長や理事で構成される理事会であり、業務内容などの監査は監事が行います。準拠法は医療法です。営利/非営利では非営利団体に分類されます。理事と監事は、議決権をもつ社員が社員総会で選任しますが、議決権は社員ひとりにつき1個が割り当てられます。非営利団体であるため、剰余金を配当することは禁じられています。

一方、株式会社は、株式を発行して資金を調達し、出資者から委任された経営者が事業を行う法人のことです。機関設計としては、資金を提供する株主がオーナーであり、代表取締役や取締役で構成される取締役会が業務を執行し、業務内容や計算書類などの監査は監査役(監査役会)が行います。準拠法は会社法です。営利/非営利では営利団体に分類されます。取締役と監査役は、議決権をもつ株主が株主総会で選任しますが、議決権は所有する株数に応じて割り当てられます。営利団体であるため、剰余金は株主に配当されます。

医療法人の種類

医療法人には、設立時の基盤によって

①社団医療法人(社員が集まって設立された社団)
②財団医療法人(寄附金などの財産によって設立された財団)

の2種類に分けられます。厚生労働省が2023年に公表した『種類別医療法人数の年次推移』によれば、2023年3月31日時点での医療法人数は58,005で、うち社団が57,643(99.38%)、財団が362(0.62%)と、医療法人のほとんどは社団医療法人であることがわかります。

社団医療法人はさらに出資持分ありと出資持分なしに分けられます。前出『年次推移』によれば、2023年3月31日時点での出資持分ありは36,844(63.9%)、出資持分なしは20,799(36.1%)です。ただし、2007年4月に施行された改正医療法によって、出資持分ありの医療法人は新規で設立できなくなりました。

出資持分あり

出資持分ありの医療法人とは、出資者が出資持分(財産権)をもつことを定款で定めている医療法人のことです。社員が退社する際には出資持分が払い戻され、解散時には分配されます。医療法人では配当が禁じられていることから、利益が出た場合には内部留保が増加し、保有する出資持分の評価額が高くなります。

出資持分ありの社団医療法人では、事業承継の際に高額の出資持分を後継者が引き継ぐことが多く、後継者に大きな負担がかかることが課題でした。2007年4月の改正医療法によって出資持分ありの社団医療法人を新規設立できなくなったのはこのためです。ただし、既存の出資持分あり社団医療法人は経過措置型医療法人として存続することが認められています。

出資持分なし

上述した通り、改正医療法施行以降、設立できる社団医療法人は出資持分なし(持分の定めのない医療法人)だけになりました。

出資持分なしの社団医療法人の中には、基金制度を利用して資金調達する方法があり、これを「基金拠出型法人」と呼びます。法人が解散する際には、定款の定めに応じて拠出者は拠出金分の返還を受けられます。返還される拠出金以外の財産は、国またはほかの医療法人等に帰属することになります。

医療法人が親族間承継を行う場合の3つのスキーム

医療法人を先代の経営者から親族の後継者に承継するスキームには、出資持分を移転させる、持分を払い戻す、認定医療法人を活用する、の3種類があり、それぞれ手続きや負担する税額などが異なります。

1. 出資持分を移転させる

親族間承継で出資持分を移転させる方法には、相続、贈与、譲渡などがありますが、よく使われるのは相続または贈与です。

医療法人は株式会社と同様に、出資持分と経営権とが分離しているため、出資持分を移転させただけでは事業承継は完了しません。
上述した通り、医療法人では社員ひとりに議決権1個が割り当てられるため、経営権の引き継ぎには議案に対する賛否の社員数が反映されます。出資持分を移転させたうえで、経営権もスムーズに移転させるには、後継者の選任に賛同する社員を数多く集める必要があります。出資持分の移転のあとには、必要に応じて社員が入れ替えられることもあります。

この方法のメリットは、出資持分の移転手続きが容易に行える点、取引先や雇用者などへの影響が少ない点などです。親族間承継では、出資持分の移転には生前贈与なども使えます。デメリットは、高額の相続税や贈与税を後継者が納付しなければならない可能性があることです。出資持分に移転時までの利益が加算され、評価額が高くなっている場合があるためです。

2. 持分の払い戻しを行う

先代経営者が医療法人の退職時に出資持分の払い戻しを行って、後継者に事業承継を行うスキームです。払い戻された出資持分を先代経営者から後継者へ贈与することで引き継ぎます。後継者は、先代経営者から受け取った出資持分を医療法人に払い込んで入社します。この場合も、議決権をもつ社員の賛同が必要となり、承継後に社員の入れ替えが行われることがあります。

この方法では、後継者は払い戻された出資持分の贈与に対し贈与税を納付する必要があります。また、出資持分の払い戻しを受けた先代経営者に利益が発生した際には、先代経営者は所得税や住民税を納付しなければなりません。所得税と住民税とを合計すると税率は最大55%にもなるため、注意が必要です。

3. 認定医療法人を活用する

親族間承継を行う際の3つ目のスキームが、認定医療法人を活用した、持分ありの医療法人から持分なしの医療法人への移行です。認定医療法人とは、「持分あり」から「持分なし」へ移行計画を作成し、厚生労働大臣から認定を受けた医療法人です。

事業承継時に個人が自身の持分を放棄すると、放棄された持分は原則としてほかの持分保有者のものになります。認定医療法人では、放棄によってほかの持分保有者が得た出資持分に対する贈与税の納付が猶予され、ほかの持分保有者の持分の全てが放棄された場合に贈与税は免除されます。認定医療法人制度の適用期限は2026年12月末までです。

本制度を利用すれば、医療法人を承継する際に後継者の資金面での負担は軽減されます。ただし、移行計画が認められる必要があり、出資持分の払い戻しが受けられないというデメリットがあります。

医療法人が第三者承継を行う場合の4つのスキーム

第三者に医療法人を承継するスキームには、出資持分の譲渡、持分の払い戻し、合併、事業譲渡の4種類があります。

1. 出資持分を譲渡する

出資持分を譲渡するスキームは、基本的には前述の親族間承継の場合と変わりません。第三者承継の場合には、出資持分を有償で譲渡して移転し、必要に応じて社員の入れ替えを行います。

2. 持分の払い戻しを行う

持分の払い戻しのスキームも、前述の親族間承継の払い戻しと同様です。先代経営者が退社して持分を払い戻してから、後継者が出資し、医療法人に入社します。

3. 合併する

承継先が医療法人であれば、合併するというスキームがあります。合併は複数の医療法人がひとつの医療法人になることで、吸収合併と新設合併との2種類があります。吸収合併では、存続する医療法人が、消滅する医療法人の施設設備、スタッフ、患者、資産、負債など、権利義務のすべてを承継します。一方、新設合併では文字通り、医療法人を新設し、消滅する医療法人の権利義務のすべてを新しい医療法人が承継します。

合併後には、基本的に出資持分のない医療法人になります。合併には、コストが抑えられる、経営基盤が強化されるなどのメリットがある反面、都道府県知事からの認可を得る必要があるなど、手続きが煩雑であるというデメリットがあります。

4. 事業を譲渡する

出資持分ではなく、保有する事業資産を譲渡する方法です。医療法人の事業の一部または全部を譲渡し、得た利益は医療法人が受け取ります。

医療法には、医療法人の事業譲渡に関する規定はありません。会社法で定められた方法で譲渡手続きを行う必要があります。譲渡する資産や権利義務の範囲は契約内容によって変わってきます。事業譲渡契約書は、事前に譲渡対象の資産を慎重に選定し、相手側の同意を得たうえで作成します。

医療法人の事業承継で注意すべき税金

医療法人では配当が禁止されているため、長期間経営してきた持分ありの医療法人では、大きな内部留保を抱えている可能性があります。出資持分が高額になっていると、後継者が生前贈与や相続で引き継ぐ場合に高額の贈与税・相続税を負担しなければならない点には注意が必要です。

事業承継の負担が大きすぎる場合には、持分なし医療法人に移行することにより、税負担を軽減することも可能です。持分なし医療法人に一度変更すると、持分あり医療法人には戻せなくなるため、メリットとデメリットとを十分に検討することが重要です。

おわりに:医療法人の事業承継は専門家のアドバイスが必要

医療法人は、機関設計、議決権、配当などの点で株式会社とは異なります。事業承継時には、持分の移転や払い戻しなどで高額の納税負担が発生することがあります。また、民事信託を利用して事業承継を行う事の検討も必要になってきますので、専門家のアドバイスを受けることが重要です。

税理士法人レガシィは、相続専門税理士法人として50年以上の実績がある相続のプロフェッショナルです。事業承継対策サービスとしては「事業承継スタートパック」を用意しており、さまざまな事業承継に関する悩みにオーダーメイドな対応をし、お悩みや課題を解決に導きます。医療法人の事業承継に関して課題があれば、ぜひ一度ご相談ください。

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この記事を監修した⼈

税理士法人レガシィ代表社員税理士パートナー陽⽥賢⼀の画像

陽⽥ 賢⼀税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

企業税務に対する⾃⼰研鑽のため税理⼠資格の勉強を始めたところ、いつの間にか税理⼠として働きたい気持ちを抑えられなくなり38歳でこの業界に⾶び込みました。そして今、相続を究めることを⽬標に残りの⼈⽣を全うしようと考えております。先⼈の⽣き⽅や思いを承継するお⼿伝いを誠⼼誠意努めさせていただくために・・

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武田 利之税理士法人レガシィ 代表社員税理士 パートナー

相続はご他界された方の人生の総決算であると同時にご遺族様の今後の人生の大きな転機となります。ご遺族様の幸せを心から考えてお手伝いをすることを心掛けております。

<総監修 天野 隆、天野 大輔税理士法人レガシィ 代表

<総監修 天野 隆、天野 大輔>税理士法人レガシィ 代表

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