コラム
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今回は山崎豊子の『女系家族』を取り上げます。1963年に発表された、大阪の老舗問屋を舞台とする相続小説です。
四代目の婿養子である父が亡くなり、三人の娘と父の愛人が遺産をめぐってせめぎ合います。
読み始めると、遺言、認知、遺産分割、親族会、事業承継など、相続の「あるある」が次々と現れます。『リア王』や『犬神家の一族』と同じく三姉妹が登場する点も、相続文学らしく興味深いところです。
今回の謎は、なぜ法定相続人である三姉妹が、相続では本来不利なはずの父の愛人に負けたのか、です。
その理由は三つあると考えました。女系という家の構造、周到に準備された遺言、そして誰と組んだかです。
後の二つは次回に譲り、今回は作品名にもなっている「女系家族」に注目します。
矢島家では、代々女性が財産と家業を受け継ぎ、男性を婿養子に迎えてきました。亡くなった父は家長でありながら、もともとは外から入った人です。
一方、三姉妹には「この財産は代々、矢島家の女性が守ってきたものだから、自分たちが継いで当然だ」という強い自負があります。父が築いた財産を子が分ける通常の相続とは、出発点から少し違うのです。
さらに、妻が先に亡くなり、その数年後に婿養子の父が亡くなる、いわば「二次相続」である点も重要です。
形式上は父の遺産でも、三姉妹の意識では「母方の家の財産が自分たちへ戻ってくる」だけだったのでしょう。この思い込みが、父にも自分の財産を誰に託すか選ぶ意思があることを見えにくくしました。
家の中でも女性が中心で、婿養子の男性は一歩引く。食事や車の席順にまで、その空気が象徴的に描かれています。
父は長年、女系の家の中で自分を抑え、「婿」として生きてきました。しかし家族は、それを当然のこととして受け止め、父が抱えていた孤独に十分気づかなかったのかもしれません。
もっとも、これは「女性だから揉めた」という単純な話ではありません。
当時の女性は、働いて自分の財産を築く機会が今より限られていました。相続財産を守ろうとすることは、自分の生活と将来を守る現実的な行動でもあります。しかも三姉妹は、出戻った長女、婿養子を迎えた次女、まだ独身の三女と、それぞれ異なる不安を抱えています。家への誇りと生活への切実さが重なり、遺産への思いが強くなっていったのでしょう。
その一方、父は妻が亡くなる少し前、自分を家の婿ではなく、一人の男性として受け止めてくれる愛人と出会います。そして遺言には、愛人とその子に財産を渡し、女系家族を終わらせたいという意思が表れます。これは単なる愛人への肩入れではなく、家の中で抑え続けてきた父の、最後の抵抗だったとも読めます。
相続では、財産額や法定相続分ばかりに目が向きがちです。しかし「なぜ、この遺言を残したのか」をたどると、亡くなった人が生前に抱えていた寂しさや疎外感が見えてくることがあります。
三姉妹は家の財産を見ていましたが、愛人は父の心を見ていた。その差が、勝敗を分けたのではないでしょうか。
相続争いは、亡くなった後に突然始まるとは限りません。生前の家族関係の中で、すでに結末が決まり始めていることもあるのです。
次回は、父が仕掛けた周到な遺言と、三姉妹がそれぞれ「誰と組んだか」に注目し、愛人が勝ち切った理由をさらに読み解きます。
YouTubeチャンネル「相続と文学」でも、本稿で触れきれなかった相続的な深読みを解説しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。