コラム
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今回はThe Beatlesの「Yesterday」を取り上げたいと思います。前回はジョン・レノンが亡き母を歌った「Julia」を相続の視点から読み解きましたが、今回の「Yesterday」もまた、母を失った子の心を考えるうえで、とても重要な作品だと思っています。
音楽ではありますが、言葉によって人間を表現しているという意味で、歌詞もまた文学と言えるのではないでしょうか。
「Yesterday」は、世界中で知られる名曲です。一般には失恋の歌として受け取られることが多いでしょう。
突然大切な人を失い、昨日までの平穏な日々を懐かしむ。そうした内容は、恋人との別れの歌としても自然に読むことができます。
しかし、ポール・マッカートニーは後年、この曲には母の死が関係していると語っています。
ポールは14歳の時、母を病気で亡くしました。多感な少年時代に母を失ったことは、彼の人生に深い影を落としたはずです。相続の視点から見ると、ここにこの曲が名曲となった一つ目の理由があるように思います。母の死は、単なる身近な人の死ではありません。母は、子どもにとって自分とつながっていた存在であり、連続性の象徴でもあります。母を失うということは、世界とのつながりを突然断たれるような体験でもあります。
歌詞の中でも、昨日までの自分ではいられなくなったという感覚が表現されています。これは恋人との別れというより、母を失ったという根源的な孤独に近いのではないでしょうか。
前回取り上げた「Julia」と比べると、その違いも興味深いです。「Julia」では、ジョンは「海の子」「風の微笑み」といった象徴的で難解な言葉によって母を語ろうとしました。感情が深すぎて、直接的な言葉にできなかったのだと思います。
一方、「Yesterday」は驚くほど直接的です。苦悩、影、後悔、昨日への郷愁。聴く人にすぐ伝わる言葉で、喪失の痛みが表現されています。だからこそ、国や時代を超えて多くの人の心に届いたのでしょう。
なぜ、ポールはそこまで素直に悲しみを言葉にできたのでしょうか。
私は、この曲には自身の母だけでなく、ジョンの母の死も重なっているのではないかと感じています。ジョン・レノンもまた、17歳で母を交通事故で亡くしています。ジョンとポールは、ともに若くして母を失った者同士でした。この共通の喪失感が、二人の絆を深め、ビートルズの音楽の底流にも流れていたのではないでしょうか。
相続の現場でも、本人は自分の悲しみをうまく言葉にできないことがあります。しかし、少し距離のある人がその気持ちを受け止め、代弁することで、初めて感情が言葉になることがあります。ポールは、自身の悲しみだけでなく、親友ジョンの悲しみも引き受けることで、この曲を書けたのかもしれません。
有名な話ですが、「Yesterday」のメロディは、ポールが夢の中で聴いたものだと言われています。
もしそうだとすれば、この曲は亡き母からの贈り物だった、と考えることもできるかもしれません。早く別れてしまった母が、息子にそっと授けた旋律。そう思うと、この曲が持つ静かな悲しみと温かさが、より深く感じられます。
「Yesterday」が名曲である理由は、美しいメロディだけではなく、そこには、自分の母を失った悲しみ、親友の母を失った悲しみ、そして母から受け取ったかもしれない贈り物が重なっています。相続とは、財産だけでなく、亡くなった人から何を受け取るのかを考える場面でもあります。「Yesterday」は、母を失った子が、悲しみの中から何かを受け取り、それを世界中の人に届く歌へと変えた作品なのかもしれません。
YouTubeチャンネル「相続と文学」では、本稿で触れきれなかった相続的な深読みも解説しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。