コラム

第12回相続と東京物語(その1)

カテゴリ 相続と文学
公開日 2026年03月01日
最終更新日 2026年03月11日

 

 

相続の現場で、「一番冷たく見える人」が、実は一番家族のことを考えている––そんな場面に出会うことがあります。
今回は小津安二郎監督による不朽の名作映画『東京物語』に表れる“相続的テーマ”を考えていきます。尾道から東京へ上京した両親が子どもたちと再会し、帰郷後まもなく母親が亡くなるという、「母の相続」を描いた物語です。

 

長女の志げの性格は

子どもたちの一人に長女の志げ(杉村春子さん)がいます。危篤の際に喪服を用意し、葬儀後には形見の帯を欲しがるなど、明るい表情とは裏腹に冷たい性格として描かれます。
しかし、果たして本当に冷たい人物なのでしょうか。––これが今回の謎です。

 

次男の妻である紀子(原節子さん)が理想的な人物として描かれる一方、その対照として志げは否定的に受け取られがちです。しかし、相続の実務で見てきた「長女」の役割を踏まえると、別の見方もできるのではないか、というのが私の異論です。

3つの理由

 

理由は3つあります。


1つ目は「長女」である点です。

長女は家族の現実を引き受け、場をまとめる役割を担うことが多い。作中でも、酔った父親を疎ましく思いながらも放っておけず、母の死を悟った場面では感情を抑えきれず涙を流します。冷たく見えながらも、家族を前に進めようとする姿が見て取れます。実際の相続でも、長女が矢面に立つことで話がまとまるケースは少なくありません。

 

2つ目は「子どもがいない夫婦」である点です。
長男夫婦には子どもがおり、将来への期待も持てますが、志げ夫婦には子どもがいません。相続の場でも、こうした立場の違いから寂しさを抱えることは珍しくありません。志げはそれを表に出さず、帯を欲しがるという分かりやすい役を引き受けることで、場の空気を和らげようとしていたとも考えられます。

 

3つ目は「自営」である点です。
美容院を営み、生活のために働く厳しさを知っています。経済的に自立しているからこそ、形見への執着も必要以上ではなかったのかもしれません。母の死を家族として乗り越えるための、あえて明るい振る舞いだったとも読み取れます。逆に、二女の紀子は会社勤めで一人暮らし。経済的な不安もあり、形見への思いはより切実だった可能性もあります。

 

以上より、長女の志げは決して分かりやすく「良い人」ではありません。
しかし、家族のために嫌われ役を引き受けるという、相続の現場でもよく見られる優しさを持った人物だったのではないか––そんな考察ができます。

 

終わりに

相続の場で「感じの悪さ」だけで人を評価しないことの大切さを、この作品は静かに教えてくれているように思います。
なお、本稿の考察については、YouTubeチャンネル「相続と文学」でも解説しています。ご関心のある方は、ぜひそちらもご覧ください。