コラム

「養子婿」の復讐?

養子婿に「愛人」がいた?

まずは簡単なあらすじを紹介します。ネタバレを含んでいますのでご注意ください。

⑴ 大阪・船場の老舗矢島家は代々跡継ぎの娘に養子婿をとる女系家族。当主・嘉蔵も養子婿であったが、妻を亡くして6年後に亡くなり、3人の娘(長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子)が多額の遺産と家業の行方をめぐって争う。

⑵ そこに嘉蔵が密かに囲っていた愛人文乃の存在が明らかになり、矢島家の財産を大きく揺るがす存在となる。一方で、家業を守ってきた番頭・宇市は表では忠誠を誓いつつも、実は長年不正をしていて、裏で策略を巡らせる。

⑶ そして愛人文乃が生前の嘉蔵との間に孕んだ男児の存在も明らかになる。また遺言によって認知もされていた。遺産分割決定の直前に無事に生まれ、愛人とその非嫡出子は財産を取得でき、女系家族は終焉を迎える。


いかがでしょう? 亡くなった嘉蔵、養子婿の立場で愛人を作って非嫡出子まで作って、しかも遺言で認知までして相続させようとは何たることか? と思われた方もいらっしゃるでしょう。あらすじだけだとそう思われても無理ないかと思います。しかし、そこにはただならぬ理由があったのです。


男はつらいよ?

理由はまさにタイトルにつきます。つまり「女系家族」だから。


小説の冒頭でも嘉蔵が亡くなる直前のシーンが描かれていますが、普通はお父さんへの感謝を伝えたり、寄り添う姿勢をとるものですが、3人の娘らは相続をどうしたらいいのかという自分たちの心配ばかり。そもそも家の行事も男正月より女正月を大事にし、嘉蔵の義母も嘉蔵を使用人のように扱っていたという。それでも嘉蔵は黙々と妻の家業に勤しんでいたが、妻を亡くす前にとうとういたたまれなくなり、愛人を作ってしまったわけです。


亡き妻、娘、家業のことを考えるとそれでも無責任という意見はごもっともだと思われます。ただそれでも配慮のない言葉や行動は悲劇を生んでしまうことは第1回のリア王でも学びました。嘉蔵の行為もモラルとして良くないですが、わからないわけではないと思われます。


しかし、本当にそう言い切っていいでしょうか? 私としてはずっと国を命懸けて守ってきたリア王の目線で考えると、コーディリアのこの言葉はある種「罪」深さを持っているように思えます。もちろんコーディリアが良い人であることは間違いなく、応援したいです。ただこの言葉が突き刺すダメージはかなり深い。財産を譲ることにただでさえ苦しんでいるリア王に追い打ちをかけ、決定的に苦しめるからです。酷な要望かもしれませんが、愛情があるならしっかり伝えてその上で遺産を自分や姉の身内だけにではなく、国のために使ってほしいというような提案もできたと思います。


復讐劇としての遺言

さて、嘉蔵はどんな復讐をしようと思ったのでしょうか? 妻が亡くなる1年前に愛人を作っただけでは終わりませんでした。自分もやがて病気になり死が近づいているのがわかった。そこで愛人文乃が子供を孕んでいることがわかるや否や、その子供にも遺産を相続させようと考えた。しかし自分の病状は重く、子供が生まれるまでは自分は生きながらえない可能性が高い。先に自分が亡くなれば認知ができず相続人になり得ない。なので、「遺言認知」という方法で解決を試みたわけです。


日本の民法における遺言認知は、婚姻外で生まれた子(非嫡出子)について、父又は母がその子が自分の子であることを遺言によって認める(認知する)手続を指します。この認知により、その子は法律上の親子関係を取得し、相続権が発生します。


根拠としては民法781条で「認知は、遺言によっても、することができる」と規定されています。具体的には、遺言書の中で「○○を私の子として認知する」と記述をすることで成立します。


こうして愛人に別途渡した最新の遺言状で認知をした後、胎児認知届を出しておき、自分の死後に出生した場合でも出生届を出すことで無事に自分の子供として認められ、非嫡出子としての相続人になるわけです。


非嫡出子といえば、前回のリア王の回でも触れたテーマでもあります。平成25年改正までは法定相続分は嫡出子の2分の1でしたが、今は平等です。この小説の時代設定は昭和30年代なので2分の1時代でしたが、それでも相続分としては非常に大きい。遺言にも相続分をその赤ん坊の男児に渡すよう書いてあり、しかも次女夫婦とともに経営にも共同で参画すること、独身の長女や三女は家を出て嫁ぐことが書かれています。まさに女系家族を終わらせて男系家族に突入させるという復讐だったわけです。


一口メモ!

作者の山崎豊子は自身も作中の登場人物と同様に大阪船場の老舗「小倉屋山本」に生まれ育ちました。お兄さんが家業を引き継ぎましたが、豊子自身も事業承継の苦労や相続問題に直面したと思われます。第1回で取り上げたシェイクスピアも父の相続の直後に相続をテーマとした『リア王』を書いたと言われています。作家の実人生は作品に大きく影響を与えているように思います。


※ 本内容は「税務弘報 2025年2月号」に掲載されています。