コラム
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【本稿のポイント】
・2026年10月6日、片山財務大臣は閣議後記者会見および公式Xにて、非上場株式の評価見直しは「完全なゼロベース(白紙)」であり「決定事項は一切ない」とコメント発表を行った。
・事態の背景には、国税庁の有識者会議で提示された複数試算のうち「最も厳しいシミュレーション案」が切り取られて報道され、実務界・経営者の間で急激な懸念が広がった経緯がある。
・政府は税制の公平性確保と中小企業の事業承継の安定を両立させるため、「事業承継税制(納税猶予)とのセット検討」を強調。最終的な判断は年末の自民党税制調査会での政治判断に委ねられる。
・経営者・専門家は一部の過熱報道にパニックを起こすことなく、年末の与党税調の議論を注視した上で、2027年前半を軸とした適切な実務対応のスケジュール感を把握しておくことが肝要である。
目次
2026年10月6日、税務・事業承継実務に関わる専門家や経営者の間に大きな波紋が広がっていた非上場株式の評価見直し議論を巡り、片山財務大臣が公式会見およびSNSを通じて重大な表明を行った。
片山財務相は閣議後記者会見において「議論はゼロベースであり、評価見直しの方向性は全く決まっておらず、現時点で結論が出ている事実はない」と発言。さらに自身の公式X(旧Twitter)アカウントにおいても、「非上場株式の見直しは今からゼロベースで議論する段階。国税庁で事業承継税制ともどもご議論いただくお話」と投稿した。
この発言の引き金となったのは、記者からの「地域の経営者から、評価額が増えることで事業承継に悪影響が出るのではないかという懸念の声が上がっているがどうか」という質問である。実務の現場では、一部の報道を受けて「優良な中小企業ほど評価額が急速に跳ね上がり、事業承継の負担が劇的に増すのではないか」という焦燥感が急速に広がっていた。
財務大臣自らが閣議後会見および公式SNSというチャンネルを用いて「ゼロベース」を強調した背景には、過剰な警戒感が地域経済や企業の事業承継マインドに及ぼす悪影響を食い止めたいという強い政府の意図が存在するのではないだろうか。
そもそも、今回の非上場株式評価の見直し論議はどこからスタートしたのか。その端緒は、令和6年(2024年)に会計検査院から出された指摘にある。
会計検査院は、非上場株式の評価における「類似業種比準価額」等の仕組みについて、会社規模間での税負担の公平性が確保されていない(特定の規模や企業構造において評価額が実態より著しく低く抑えられている)という課題を提起した。
これを受けて国税庁は有識者会議を設置し、税負担の公平性を確保するための改善策として、様々なパターンによる試算を行っていた。具体的には、純資産に加えて利益の複数年分を評価に組み込む新たな計算案などが提示され、議事録として順次公表されていた。
問題が生じたのは、その「情報の伝わり方」である。有識者会議で提示された複数パターンの試算案のうち、特に高収益・優良企業において最も評価額が跳ね上がる「最も厳しいシミュレーション案」が外部に切り取られて過度に強調報道されたようだ。
大手経済メディア等による報道では「中小企業の評価額が下がる場合もあるが、上昇するケースがある」といった分析が提示され、これを見た専門家や経営者が「これほどの増税になるのか」と受け止めたことで、実務界全体にパニック的なショックが伝播したのである。片山財務相はこの点に関し、「最も厳しい試算案だけが切り取られ、事実と異なる形で拡散されている」として、行き過ぎた情報の拡散に苦言を呈している。
税制改正のプロセスを深く理解するためには、財務省と与党・自民党税制調査会の関係性を正しく把握する必要がある。従来の税制改正では、財務省が会計検査院の指摘などを受けて有識者会議で技術的な案を練り上げ、それを自民党税調に持ち込んで「税制改正大綱」に盛り込み、最終的に国税庁通達の改正やパブリックコメントを経て適用する、という流れが一般的であった。
しかし、片山財務相が強調したように、「財務省が事務方として一方的に評価引き上げを決定すること」は通常あり得ない。実際の税制改正において最終的な決定権を握るのは、年末に本格開催される与党・自民党税制調査会(小野寺五典会長)とみられる。政権交代や政治情勢の変化を踏まえ、政治の側が現場の中小企業や地域経済の声をどのように受け止め、調整を図るかが決定的な意味を持つ。
自民党税調の先生方の議論においては、単に課税の公平性という技術論だけでなく、地域雇用の維持や後継者不在問題といった多角的な観点からの政治判断が加えられる。財務省側が公平性を重視した改定案を提示したとしても、党税調の判断によって案が修正されたり、緩和措置が設けられたり、あるいは適用時期が調整される余地は極めて大きいと思われる。
今回の政府対応において、経営者にとって最も重要な救済メカニズムとなるのが「事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予制度)とのセット検討」である。
仮に非上場株式の評価方法が見直され、表面上の株価評価額が上昇したとしても、事業承継税制を適切に活用できる環境が維持されていれば、後継者が事業を継続する限り実質的な税負担は猶予される。
片山財務相が「事業承継税制ともどもご議論いただく」と明言したことは、株価評価単体での強行採決的な増税は行わず、中小企業の事業継続に配慮したパッケージとして審議する意思を示していると推測される。
過去の税制改定におけるスケジュール感を当てはめると、今後のロードマップは以下のように予想される。
| 時期 | プロセス・フェーズ | 主な内容と実務への影響 |
|---|---|---|
| 2026年10月〜11月 | 有識者会議・党税調準備 | 国税庁での議論・試算整理と、自民党税調における事前の意見交換。現時点では完全な「ゼロベース」。 |
| 2026年12月中旬 | 税制改正大綱の発表 | 自民党税調による審議。見直しの有無、方向性、事業承継税制とのパッケージ案が政治決定される決戦の場。 |
| 2027年 | 通達案公表・パブコメ | 大綱に基づき国税庁が評価通達の改正案を作成・公表。意見公募(パブリックコメント)を経て整備。 |
| 2028年1月1日以降 | 新評価体系の適用開始 | 改正が決定された場合、一定の周知・準備期間を経て新通達に基づく株式評価が適用される標準的日程。 |
このような状況下において、中小企業経営者および関与する税理士・公認会計士等の専門家は、どのような実務対応をとるべきか。推奨されるアクションプランを以下の3点に集約する。
「評価が急騰して壊滅的な打撃を受ける」といった根拠の薄い噂や一部の極端な報道に惑わされず、まずは2026年12月中旬の自民党税制調査会による「税制改正大綱」の確定を静観すること。2026年10月時点で決定事項は存在しない。
現在適用されている「類似業種比準価額」および「純資産価額」による自社株評価額を正確に把握しておくこと。特に利益水準が高い優良企業においては、将来的な評価方法の変更によってどの程度のインパクトが生じ得るか、事前に試算・把握しておくことがリスク管理となる。さらにできれば自社株を他社に売却する試算も聞いておく。主な選択肢は、贈与、現状維持、売却(M&A)となりうる。
仮に12月の大綱で改正の方向性が示された場合、実際の適用までに1年程度の猶予が生じる可能性が高いと推測される。現行の低い評価額のうちに「相続時精算課税制度」の贈与や「事業承継税制(特例措置)」を活用すべきか、現状維持で行くか、売却を検討するか?2027年前半を「実務判断の勝負所」と位置づけて準備を整えることが肝要である。
非上場株式の評価見直し問題は、単なる「増税か減税か」という二元論ではない。税負担の公平性をいかに担保するかという税制の根幹課題と、地域経済を支える優良企業のスムーズな世代交代をどう支援するかという産業政策上の要請が交差する複雑なテーマである。
財務大臣のゼロベース宣言により、当面の不確実性は一息ついたとみる人もいるが、年末の税制改正プロセスに向けて政治の場での議論は本格化する。経営者と実務家は、感情的な反応を排し、確実な事実と公式発表に基づいて冷静かつ戦略的な選択を行っていくことが求められている。
執筆者
天野隆
税理士法人レガシィ代表社員税理士、公認会計士。株式会社レガシィ代表取締役会長。慶應義塾大学経済学部卒業。アーサーアンダーセン会計事務所を経て、1980年から現職。『【最新版】やってはいけない「実家」の相続』『限りある時間を豊かにする 人生最後のお金の授業』 (青春出版社)他、これまでに108冊の著書がある。