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AI時代に選ばれる法律事務所のマーケティング ―労務特化事務所が続けてきたこと
相談者が専門家を探す方法は、この数年で大きく変わりました。検索結果を上から順に見比べる時代から、AIに相談して候補を挙げてもらう時代へと移りつつあります。本記事では、使用者側の労働問題に特化して事務所を運営してきた立場から、AIから推薦される事務所になるための考え方と、実際に続けてきた取り組みの一部をご紹介します。
1.相談者は、専門家を探す前にAIに相談しています
総務省の「令和8年版情報通信白書」(2026年7月公表)によると、日本における個人の生成AIの利用経験率は58.8%に達しました。2024年度の調査では26.7%でしたので、わずか2年ほどで倍以上に増えたことになります。企業についても、何らかの業務で生成AIを利用していると回答した割合は86.4%にのぼりました。もはや、一部の関心の高い方だけが試している段階ではありません。
この変化は、士業の集客にも静かに影響を与えています。かつて、労務トラブルを抱えた経営者の方は、「顧問弁護士 労働問題 ○○市」といった言葉で検索し、上位に表示された事務所をいくつか見比べたうえでお問い合わせをされていました。
ところが最近は、まず自社の状況をAIに説明して法的な整理をしてもらい、そのうえで「どのような事務所に相談すべきか」を尋ねる方が増えています。
ここで見落とせないのは、AIの回答が一覧ではないという点です。検索結果であれば、10番目に表示された事務所にも見ていただける可能性がありました。しかし対話型のAIでは、候補として挙がるのはせいぜい数件です。つまり、競争の形が「一覧に並ぶこと」から「名前を挙げてもらうこと」へと変わりつつあるのです。
もっとも、これはウェブ集客に力を入れている事務所だけの話ではありません。ご紹介が中心の事務所であっても、紹介を受けた方は必ずと言ってよいほど事務所名を検索し、あるいはAIに「この事務所はどうですか」と尋ねます。そこで何も出てこなければ、せっかくのご紹介が次に進まないこともあり得ます。発信は、集客のためというより、ご紹介いただいた方に安心していただくための準備でもあるのです。
そして、名前を挙げてもらった相談者は、次にその事務所名で検索し、内容を確認したうえでご連絡をくださいます。私たちの事務所では、初回のお問い合わせの際に「何をご覧になってご連絡くださいましたか」と必ずうかがうようにしていますが、その答えは年々変わってきました。細かい数字を追いかけるより、この一言をうかがうほうが、変化を早く実感できるように思います。
2.AIから推薦される事務所には、共通点があります
では、AIに名前を挙げてもらうために何が必要でしょうか。特別な技術を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は次の4点に整理できると考えています。
近年は、AIの回答に引用されるための工夫を指して、LLMO(大規模言語モデル最適化)やGEO(生成エンジン最適化)といった言葉が使われるようになりました。従来のSEOが検索結果での上位表示を目指すのに対し、これらはAIが作る回答の中で情報源として使われることを目指す考え方です。
もっとも、呼び方が増えただけで、やるべきことが大きく変わったわけではありません。AIも検索エンジンの索引を手がかりにしていますので、これまでのSEOの基礎は、そのまま土台として生きています。
(1)専門領域が一貫している
AIは、大量の文章の中から「この人は何の専門家か」を読み取ります。労働問題も相続も交通事故も扱うと書かれている事務所より、労働問題について何年も書き続けている事務所のほうが、労務のご相談で名前が挙がりやすくなります。
これは人からのご紹介とまったく同じ理屈です。「労務のことなら、あの先生に聞いてみよう」と思い出していただけるかどうかが分かれ目になります。ウェブサイト、プロフィール、SNS、名刺。すべてで同じ言葉を使い、表記の揺れをなくすところから始めるとよいと思います。
(2)一次情報が書かれている
条文の説明や制度の概要は、いまやAIが数秒で書き上げます。差がつくのは、実際にご相談を受けた人にしか書けない情報です。現場で実際に聞かれた質問、手続を進めるうえでつまずきやすい点、書面に何をどのように書いたか。
もちろん守秘義務に配慮して一般化する必要はありますが、こうした情報こそが、他では読めない価値になります。裁判例をご紹介する場合も、結論をなぞるだけで終わらせず、「自社の運用をどう直すか」まで書けるかどうかが、専門家の付加価値になると考えています。
(3)情報が取り出しやすい形になっている
AIは、必要な部分だけを抜き出して回答に使います。したがって、結論を先に書く、見出しに答えを入れる、1つの見出しで1つの論点を完結させるという書き方が有利になります。長い前置きから始まり、最後にようやく結論が出てくる文章は、人にとっても機械にとっても読みにくいものです。
あわせて、条文や裁判例の出典、公開日と更新日、執筆者の氏名・資格・経歴を明記しておくことをおすすめします。誰がいつ書いた情報なのかが分かることは、読み手の安心にも、情報としての扱われ方にもつながります。
(4)第三者から名前が挙がっている
自分のサイトに「労務に強い」と書くことは、誰にでもできます。これに対し、書籍の著者として、専門誌の連載として、あるいは団体主催のセミナーの講師として名前が出ていることは、第三者による評価です。
AIも人も、こうした外部からの言及を手がかりにして信頼性を判断しています。日々の発信と並行して、書く機会・話す機会を取りにいくことが、遠回りのようで近道になります。
この4点を並べてみると、目新しい技術は1つもないことに気づきます。要するに、専門分野を決め、その証拠を外から見える形に置いておく、ということに尽きるのです。AI対策という言葉から連想されるような小手先の工夫ではなく、専門家として当たり前の営みを、続けて、見えるようにすること。私はそのように理解しています。
3.杜若経営法律事務所が続けてきたこと
私たちの事務所は、使用者側の労働問題だけを扱っています。弁護士は約20名、顧問先は中小企業を中心に700社を超えました。ここでは、その過程で続けてきたことのうち、いくつかをご紹介します。
もともと、私が情報発信を始めた理由は、それほど積極的なものではありませんでした。使用者側の労働問題という分野は、当時それほど広く知られておらず、待っていてご相談が集まる分野ではなかったからです。自分たちが何を扱っているのかを、こちらから説明し続けるほかありませんでした。結果として、その説明の積み重ねが事務所の看板になりました。これから始められる先生方にとっても、事情は同じではないかと思います。
(1)分野を広げないと決めた
事務所を大きくする方法として、扱う分野を増やしていくやり方もあります。私たちは逆に、絞ることを選びました。分野を絞ると同じ論点を何度も扱うことになり、経験が濃く蓄積されます。同時に、外から見たときの分かりやすさも生まれます。
ただし、絞った効果が数字に表れるまでには時間がかかります。私自身、事務所名と労務とが結びついて覚えていただけるようになるまでに、10年以上かかったという実感があります。裏を返せば、続けた年数がそのまま差になるということでもあります。
(2)セミナーを中心に置いた
手応えという点で最も確かなのは、セミナーです。社会保険労務士会や業界団体、出版社が主催されるセミナーでは、主催者の集客力をお借りできます。しかも、参加される方の関心があらかじめはっきりしているため、話す内容も磨きやすくなります。
参加された社労士の先生から顧問先をご紹介いただくこともあり、聴き手がそのまま紹介者になってくださるのが大きな利点です。加えて、作成したレジュメは記事にも書籍にも動画にも展開できます。一度の準備を何度も使う設計にしておくことが、続けるうえでのコツだと思います。
(3)同じ内容を、形を変えて出す
書籍、雑誌連載、ウェブ記事、動画、音声、SNS。媒体ごとに、届く相手も届く場面も異なります。移動中に音声で聴かれる経営者の方もいれば、休憩時間に短い動画をご覧になる人事のご担当者もいらっしゃいます。
毎回新しい話を考えるのではなく、一つの話を複数の形にして出すことで、無理なく発信量を増やすことができます。発信で大切なのは、量そのものよりも、続けられる仕組みを先に作っておくことだと感じています。
(4)顧問契約という続き方
発信の目的は、単発のご依頼を集めることではありません。私たちの土台は顧問契約です。継続的にお付き合いすることで会社の事情が分かり、ご相談の質が上がり、結果として紛争の予防にもつながります。発信は、この関係を始めるための入口であり、始まった後も関係を保つための手段でもあります。
(5)効果は、素朴な質問で確かめる
AI経由の集客は、検索順位のようにきれいな数字で追いかけることが難しい分野です。そこで私たちは、お問い合わせの際にどこで知ったかをうかがうこと、事務所名でのご検索が増えているかを見ること、そして実際に自分でAIに労務の質問を入力してみることを続けています。
特に3つ目は、どなたでもすぐに試せます。ご自身の得意分野の質問をAIに入力し、どのような事務所が候補として挙がるかをご覧になってみてください。そこにご自身の名前がなければ、それが現在地です。
このほかにも、社労士の先生方に向けた会員制の動画配信、他士業との連携、採用を通じた広報など、続けている取り組みがあります。それぞれをどのような順番で始め、どこに時間がかかったのかについては、動画・音声セミナーで具体的にお話ししています。
4.今日から始められる3つのこと
最後に、明日からでも着手できることを3つに絞ってご提案します。
第一に、専門テーマを1つ決め、表現をそろえることです。ウェブサイト、プロフィール、SNS、名刺で、同じ言葉を使って「何の専門家か」を書き直してみてください。費用はかかりませんが、効果は確実にあります。
第二に、ご相談の現場で得た一次情報を、月に1本発信することです。実際に聞かれた質問を、守秘義務に配慮して一般化し、結論から書く。記事でも動画でも構いません。月1本を3年続ければ36本になります。思いつきで大量に出した情報よりも、はるかに強い蓄積になります。
第三に、登壇と執筆の予定を、先に年間計画へ入れてしまうことです。機会は待っていても訪れません。予定に入れてしまえば、準備も情報収集も自然に回り始めます。
なお、発信を続けるうえで最も大切なのは、情報の正確さです。法改正や裁判例の理解が不正確なまま広まってしまうと、信頼は一度で失われます。公開前に条文と原典を確認する手間を惜しまないこと、そして弁護士業務広告に関する規程の範囲内で行うこと。この2点だけは、量を増やす前に押さえておきたいところです。
5.おわりに
AI時代のマーケティングというと、新しい技術への対応を迫られているように感じるかもしれません。しかし、実際に求められているのは、専門分野を決め、実務で確かめたことを、分かりやすい形で、続けて発信することでした。結局のところ、AIに向けた対策は、読み手に向けた誠実な情報提供と同じ方向を向いています。
AI時代でも、選ばれる理由は変わりません。誰が、何を、どれだけ続けて語ってきたか。その積み重ねが、AIにも人にも伝わっていくのだと思います。
なお、本記事でご紹介した内容をさらに詳しくお聞きになりたい方は、動画・音声セミナー「杜若経営法律事務所のマーケティング」をご覧ください。集客チャネルごとの役割分担や、AIの普及によって増えている労務相談の中身についても、具体的にお話ししています。
執筆者
向井 蘭(むかい らん)/弁護士・杜若経営法律事務所 パートナー
使用者側の労働法務を専門とし、中小企業を中心に700社を超える顧問先の労務問題に対応しています。書籍・雑誌連載・セミナー・動画・音声による情報発信を続けています。
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