プロビタス税理士法人代表。東京大学文学部卒業後、日本マイクロソフトに入社。金融担当を経て税理士を志し、税理士法人PwC等で実務経験を積んで独立。現在は外資系企業や海外投資家向けの国際税務を専門とし、他社には代替できない知見で顧客の課題を解決。「私たちの知識と経験で、お客様をほんの少し幸せに」が事務所のモットー。
私が社会に出た1999年は、ちょうど就職氷河期が始まった頃。日系企業への就職が難しく、やむを得ず外資系企業を選び、当時まだ日本ではそこまで知名度がなかったマイクロソフトに入社しました。学部時代は特に数字や経営の研究に没頭していたわけではありません。しかし、担当していた金融機関のお客様への対応をきっかけに簿記の勉強を始めたところ、「これが自分に合っている」と直感したのです。
何が合っていると感じたかというと、決算書を作る過程で右と左の数字がピタッと1円単位で合うというあの感覚。すべての処理がうまくいった後に貸借対照表の数字が綺麗に一致する瞬間が、本当に気持ちが良かったんですよね。
また、当時の私は英語にかなり苦労しており、「英語から離れたい」という切実な気持ちも、今にして思えば税理士資格を目指す後押しだったかもしれません。
そこから右も左もわからないまま、最初に内定をいただいたBig4のPwCに入社し、国際税務の道を歩み始めました。英語から離れたくて税理士を目指したはずが、結果的に、今も英語を使いながら国際税務に携わっているのですから不思議なものです。
振り返れば、明確なビジョンがあったわけではなく全くの行き当たりばったりでしたが、その時々のすべての経験が、現在の自分に活きていると感じています。
PwCを経て、赤坂にある10数名規模の小規模な事務所へ転職し、大量の外国人の確定申告を担当していました。外国人の確定申告は非常に難易度が高い分、報酬単価も良く、こなせる人材が少ないため事務所の大きな収益源だったようです。
しかし、東日本大震災と原発事故が発生したことを機に、私が担当していた外国人のお客様の3分の2が帰国してしまったのです。事務所の所長からは「今の待遇を維持したいなら、他の職員と同じように記帳代行をやってほしい」と言われましたが、当時の私には自分が培ったキャリアを活かした業務をしていたいという意地もあり、退職を決意しました。つまり、最初から強い志を持って「独立したい!」と燃えていたわけではなく、当時の状況下における、やむを得ない選択でした。
独立して一番辛かったのは、暇すぎること。雇われ時代は羨ましくて仕方がなかった「平日の昼間にやることがない状態」に直面しました。最初のうちは「月曜の朝から公園でビールを飲めるなんて!」と嬉しかったのですが、それが3ヵ月も続くと、40歳手前の人間としては本当に辛いものがありましたね。
独立してからの経営は『ドラゴンクエスト』にも似た感覚があります。仲間を集めて見知らぬ土地を歩き、経験値を積んで呪文を覚え、未知の敵と戦う。ルイーダの酒場で新たな仲間を見つけ、ラスボスのような大きな案件に挑んでいく。終わりのないロールプレイングゲームの中に入れられているようなものです。時折「ラスボスを倒した!」という達成感もありますが、それが終わればまた次の旅に出て、仲間を探し、レベルを上げていく。ずっと辛い道のりではありますが、その冒険のプロセス自体を生きているような感覚ですね。
当法人のメイン事業は「国際税務」です。日本に投資する外国人の方や、海外に投資する日本人の方を中心に、国境を跨ぐ取引への税務対応を行っています。
この国際税務という分野の最大の特徴であり難しさは、答えが少ないことではないでしょうか。たとえば一般的な国内の相続案件であれば、世の中にそれなりの事例や過去の裁判例が存在し、調べればある程度の道筋が見えてきます。しかし国際税務の場合、事象×相手国の数だけ異なるケースが存在するんです。例えばアメリカ相手とベトナム相手では全く対応が変わりますし、「攻略本が存在しない領域」と言って良いかもしれません。AIに聞いてみても、答えが全く違ったり、そもそも間違っていたりすることが多々あります。
また、万が一対応を間違えた場合のリスクも計り知れません。他の誰もやりたがらないようなリスクの高い、答えのない領域に、私たちが長年培ってきた経験と知識を武器にして挑んでいる自負があります。緊張感のある日々ですが、AIには絶対に代替できない、人間同士の経験が活きる最前線だと思っています。
お客様への対応という側面では、海外の方特有の不安を取り除くことを最も意識しています。外国人のお客様にとって、日本の税法は未知のもの。そのため、日本の税務署から何かしらの連絡があっただけで怯えてしまう方も多いのです。「私のビザはどうなるのか?」「今の生活基盤が取り上げられてしまうのではないか?」と、私たちが海外で突然警察に声をかけられた時と同じような恐怖を感じていらっしゃいます。だからこそ、私たちが専門家として間に入り、「大丈夫ですよ、なんてことないですよ」と伝えてあげる。それだけで、安心していただけますし、深く感謝していただけます。
また、お客様への対応品質を高く保つために、実はスタッフへの対応を根本から見直しました。昔の私は、良いサービスを提供したいという思いが強すぎるあまり、スタッフに厳しく指導することもあり、その結果、入社した方が定着せず短期で辞めていくという負の連鎖が続いていたのです。やはり独立して最も辛いのは、雇ったスタッフが辞めていく瞬間。自分が全否定されたような気持ちになります。
そこで私は、事務所の最優先目標を「売上」ではなく「スタッフを辞めさせないこと」に切り替えました。もし理不尽な要求をするお客様がいて、対応した者が傷つくようなことがあれば、スタッフを守るためにお客様の方をお断りしています。
税理士業務は「99点の対応をしていても、1つ間違えれば0点になる」という理不尽で辛い仕事です。だからこそ、1点のミスを責めるのではなく、「99点取れてよかったね、次の1点をまた頑張ろう」「朝から会社に来てくれてありがとう」というマインドでスタッフと向き合うようにしました。結果として、この3年間は離職者がゼロになり、解約される顧問先もゼロ。スタッフが安心して楽しく働ける環境を作ることこそが、結果的にお客様への最高の対応に繋がっていると確信しています。
良い意味で印象に残っているのは、やはり税務署からの連絡でパニックになっている外国人のお客様を安心して差し上げられた時ですね。お客様にとって死活問題であるビザや生活の不安を取り除き、無事に問題をクリアできた時の安堵の表情を見るのは、税理士として、深いやりがいを感じる瞬間です。
一方で、経営者として非常に苦く、そして今の事務所運営の根幹を作るきっかけとなった経験もあります。それは、ある海外在住のお客様から日本の不動産譲渡所得の申告を受任した時のことです。申告業務自体は私の専門知識を活かして全く問題なく完璧に完了させたのですが、お客様が海外にいらっしゃることもあり、その後の報酬を一切回収することができなかったのです。
雇われの身であれば、申告書を作ればそれが「仕事」でした。しかし独立して経営者になるということは、申告書を作るだけが仕事ではありません。お客様への営業に始まり、正式な受任、実際の業務遂行、そして最終的な代金回収に至るまで、そのすべてが自分自身の責任に帰結するのだと痛烈に思い知らされました。この悔しい経験があったからこそ、受任前の確認事項を徹底し、確実な報酬回収の仕組みを作るなど、事務所運営の考え方を根本から見直すことができたので、貴重なターニングポイントだったと今では思います。
今後も「国際相続」の分野において、質の高いサービスを提供していきたいと考えています。現在、円安の影響もあり、海外から見れば日本の不動産やサービスはクオリティが高いのに非常に割安。そのため、「日本に移住したい」と考える外国人が急増しています。
では、その移住してきた外国人が日本で亡くなった場合、あるいは母国に財産を残したまま亡くなった場合、どうなるのか。今後、国際相続は間違いなく需要が爆発的に増えるにもかかわらず、手探りの状態で事例も少なく、本格的に対応できる専門家がほとんどいないのが現状といえます。
私は中小企業診断士の資格も持っているのですが、経営戦略を学ぶ中で「コトラーの競争地位別戦略」を知りました。それは大企業が参入しないような特定の小さな市場(ニッチ市場)に経営資源を集中させ、独自の地位を築く「ニッチャー」の戦略です。多くの経営相談を受ける中で、意識的であれ無意識であれ、この「ニッチャー」としての立ち位置を確立した事業者が生き残っているという印象を持っています。
今は誰もがAIに注目している時代です。だからこそ、私は「AIでは解決できない領域」に逆張りしたい。答えがなく、誰も手をつけていない国際相続というニッチな領域に飛び込み、自らの経験を積み重ねていくことで独自の立ち位置を築いていきたいですね。
私たちの事務所のモットーは「私たちの知識と経験で、お客様をほんの少し幸せに」という言葉です。自分たちの手で直接お客様の不安を取り除き、頼りにしていただける瞬間こそが、この仕事の最大のやりがい。このモットーが実感として心に響くとき、税理士という仕事を続けてきて本当に良かったと心底思えます。
独立するというのは、先ほどのゲームの例えで言えば「主人公(ロト)」になるということ。組織に雇われているうちは、あくまでパーティの仲間の一人です。仲間が倒れても旅は続きますし、最悪誰かが助けてくれるでしょう。しかし、独立して主人公になれば、自分が倒れた瞬間にゲームオーバー。すべての責任を自分一人で背負うことになります。
お客様と直接向き合う分、受けるプレッシャーや苦しみは確実に倍増します。しかし同時に、困難な案件をクリアした時の達成感や、お客様から直接感謝される喜びもまた、何倍にも膨れ上がります。苦しみが増える以上の大きな喜びを楽しんでください。