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【税理士向け】老舗企業の事業承継の実務
本セミナーは、老舗企業ならではの事業承継における注意点を体系的に把握し、顧問先への提案や関係者説明の場で活かせる実務知識を身に着けることを目的としています。
老舗企業は「長い時間で積み上げた信用」を最大の資産とする一方、その信用の裏側には感情・しがらみ・歴史的経緯が複雑に絡みます。したがって、数値(株価・税務など)と人(親族・役員・従業員・取引先など)の両面を同時並行で整えることが重要です。
老舗企業とは何か
ここでは、以下の三点が重なった企業を老舗企業と呼んでいます。
①創業30年以上の実績
②同族による経営の持続
③地域・取引先での信用や歴史的地位の保持
老舗企業が持つ無形資産(ブランド、顧客の信頼、地域とのつながり、長年の商慣行など)は高い競争力に直結し、価格以外の選好理由を顧客に与えます。他方で、長年の配慮や慣行が制度・契約・ガバナンスの更新を遅らせ、口頭の取り決めや属人的運用が残っていることも珍しくありません。
事業承継では、この「強み」を損なわないように守りながら、「古いまま」の部分を順序立てて書面化・標準化・更新していく作業が求められます。守るべきものと改めるべきものを事前に切り分け、判断基準を共有して進めることで、細部の論点でも迷いにくくなります。
老舗企業に起こりがちな課題の全体像
老舗企業の事業承継の難易度を押し上げるのは、単発の課題ではなく三つの論点が絡み合う点です。
①株主構成の複雑化(親族への分散・名義株式の存在・非協力株主)
②不動産の利用・権利関係の曖昧さ(個人×法人×親族の所有交錯・賃料や契約の不整合)
③株価評価の高さ(含み益・特定会社該当)
これらが相互作用すると、どれか一つを動かしても他方が足を引っ張る構造になります。
例えば、不動産契約の曖昧さが評価区分を悪化させ株価を押し上げ、結果として集約コストと遺留分リスクが増幅する、といったことが起こります。したがって、全体を把握した上で対策を進めることが重要となります。
課題①:株主構成(分散・名義株式・非協力株主)
老舗企業でありがちな状態は、親族間で株式が散在し、実質オーナーと名義人が一致していない名義株式が混在、さらに親族役員が多く議決プロセスが重い―といったものです。
対策における初動では、以下を実行すると良いでしょう。
①正確な株主名簿を作成(名義と実質の突合)
②名義株式の裏付け資料を回収(申込書・払込証憑・配当履歴・申告の有無)
③集約の方針案を準備(移転相手・時期・評価方法)
具体的な対応としては、贈与・譲渡による段階的集約、種類株式の活用(議決権と配当の分離で合意形成を促進)、相続人への売渡請求や特別支配株主の売渡請求等の選択肢が典型です。重要なのは“公平”より“納得”。誰の合意をどの順番で積み上げるかを可視化し、議事と根拠資料を残すことで、後戻りを防ぐように考えます。
課題②:不動産の利用・権利関係(「古いまま」問題)
個人が所有する資産を法人が低廉で使用、地代・家賃が長年据え置き、無償返還届の未整備、不動産の持分が親族で細かく分散、など、こうした「古いまま」の状態は税務・法務・評価など様々な面で歪みを生みます。
対策の初動では、①賃貸借契約の有無と現況適合(更新履歴・賃料妥当性)を確認、②権利関係の棚卸し(持分・使用実態)等を行うと良いでしょう。
具体的な対応としては、移転シミュレーション(売買・贈与・交換・賃貸のコストと税務影響)を実施し、早めに不動産の権利関係の整理をすることを検討します。
課題③:株価評価(基本の型と注意点)
非上場株式の評価は2つの方式の組み合わせで行います。
①「類似業種比準価額」方式
自社の配当・利益・簿価純資産の3要素を類似する業種の上場会社の数値と比較して評価する方法
②「純資産価額」方式
含み益を含む会社の純資産をダイレクトに株価に反映する方法、の2つです。会社規模の大小に応じ、これら2つの方式を一定の割合で併用して株価を計算することとなります。
一般的には、純資産価額の方が高くなることが多いですが、その中でも老舗企業は不動産や有価証券の含み益が厚く、純資産価額がより高く出やすい傾向があります。さらに、土地保有特定会社・株式等保有特定会社・比準要素数1の会社など、特定の評価会社に該当すると、純資産価額寄りの評価になりやすく、株式の移転による税負担が重くなってしまいます。
対策の初動では、①現状の株価の算定と高値化の原因分析、②相続税の試算(納税資金・遺留分の見立てまで一体で)、を行うと良いでしょう。
具体的な対応としては、事業承継全体のスケジュールを考慮した上で、現実的な株価対策を検討し、過度な株価引き下げで本業に影響が出ないかも考慮する必要があります。
株価対策の基本設計
一般的に良く採られる方法としては、「現代表への退職金支給」→「後継者への相続時精算課税による株式贈与」があります。
退職金を損金に算入することにより利益を抑え、退職金のキャッシュアウトにより純資産も圧縮することで、類似業種比準価額・純資産価額の双方に低下圧力がかかります。
民法の「除外合意」「固定合意」を組み合わせれば、将来の株価上昇分を遺留分算定から外す設計余地も生まれ、「争族」という側面でも有効な対策と言えるでしょう。
事業承継税制の特例措置
通常の対策では納税資金が致命傷となり得る高株価のケースでは、事業承継税制の活用が有力な選択肢になります。特例措置の適用を視野に入れると、株式に係る相続税・贈与税の全額猶予も可能ですが、特例承継計画の事前提出や継続的なモニタリング、雇用維持率への配慮など運用面での負担があります。
老舗企業は雇用が安定しやすい反面、高齢化の影響で従業員の減少も想定に入れる必要があり、雇用維持率については基準を下回らないよう留意が必要です。また、親族内の株式分散が過大だと適用自体が難しくなることもあります。税額へ与える影響が大きい制度だけに、適用に失敗した際のダメージも大きくなるため、適用においては慎重な判断が求められると言えるでしょう。
後継者不在=失敗ではない:第三者承継の視点
少子高齢化と価値観の多様化により、事業承継において親族内承継だけが唯一の正解ではなくなってきています。従業員承継やM&A(株式譲渡・事業譲渡)を早期から選択肢に入れ、
①経済的メリット
②ブランド継承
③雇用維持
④顧客関係の継続
など、色々な要素の中で、事業承継で自社が何を最優先するかを先に定義することが重要です。優先したいものによっては、親族内に承継者がいないことを恥じたり、残念に思う必要はなく、第三者承継の方が適している場面も多く存在するということを経営者に理解していただくことも重要です。
まとめ:まず「見える化」から
最初の一歩は、株式の保有状況と不動産の利用状況を資料で可視化することです。顧問先の創業年数や株主構成、保有している不動産などを改めて整理し、どこに問題がありそうかを見て見ましょう。
次に、株価計算と相続税試算で経済的なコストを数値化することが重要です。これにより、関係者への説明において各数値が具体化しますし、承継を進める下地ができあがります。
つづいて、事業承継のスケジュールを年次計画へ落とし込み、誰に、いつまでに、どの手法で承継を完了させるかを明示します。親族内承継と第三者承継を併走で検討し、老舗企業にとって大事なポイントを守りつつ、スムーズな事業承継を行うことを目指しましょう。
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