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【弁護士向け】退職勧奨の進め方|成功させる方法や準備とは
本記事では「退職勧奨」についてダーウィン法律事務所 弁護士 今井 悠先生に解説いただきます。退職勧奨を行うことで解雇に伴うリスクを避けることができたり、有効な解雇が叶わないケースでも退職を実現することができたりと、退職勧奨は問題社員に対する有効な手段になります。
1 「問題社員」に関する相談
弊所でも、クライアント様から、「問題社員」や「不良社員」をなんとかしたい、問題社員に辞めてもらいたい、といったご相談を頂くことが増えてきております。
問題社員への対応はどの会社でも切実な問題であり、会社としては、紛争になることを避けて問題社員に対処することを希望するものと思われますが、弁護士に相談するようなケースでは、問題社員に辞めてもらいたいのが本音だと思います。
問題社員への対応策は、その問題に応じて様々です。たとえば、高額な横領をした場合などのように従業員の非違行為が重大であれば、企業秩序の回復を図るために懲戒解雇でが適当なケースもあり得ます。また、そこまで悪質性の高くない非違行為であれば、降格や減給などの懲戒解雇よりも軽度な懲戒処分で対応することもあり得ますし、従業員に対して指導・教育を試みることもあり得ます。能力や協調性を著しく欠くような従業員に対しては、普通解雇を行うこともあり得ます。
問題社員に対する対応策は様々あり得ますが、対応策の一つとして「退職勧奨」があります。退職勧奨を行うことで解雇に伴うリスクを避けることができたり、有効な解雇が叶わないケースでも退職を実現することができたりと、退職勧奨は問題社員に対する有効な手段になります。
2 解雇
会社が問題社員を辞めさせたいとき、手っ取り早い対応策は解雇だと思われます。
(1)解雇の意義
解雇とは、使用者である会社が一方的に従業員を辞めさせるもので、従業員に有無をいわせず雇用契約を解約する効果があります。
(2)解雇に対する規制
もっとも、わが国の労働法制において従業員は手厚く保護されており、解雇は容易にできません。すなわち、解雇は、解雇権濫用の法理によって規制されており(労働契約法16条。なお、懲戒解雇は同法15条の規制も受ける)、➀客観的に合理的な理由があり、②社会通念上相当と認められない限り、無効とされてしまいます。たとえば、従業員の能力不足を理由として解雇する場合、会社は、➀従業員の成績不良が極めて重大な程度に至っていることに加え、②指導・教育によっても改善が見込まれず、配転などの人事上の措置によっても問題を解決できないことを主張・立証することが必要となり、それができなければ解雇は無効と判断されてしまいます。
解雇が禁止される場合もあり(労働基準法19条)、解雇には高いハードルが課されておりますので注意が必要です。
(3)解雇リスク
解雇は従業員にとって生活の糧を失う大きな問題なので、解雇を受けた場合に容易に引き下がらず、従業員から裁判で解雇の有効性を争われることもままあるでしょう。会社としては訴訟対応のコストがかかる上、もし解雇が無効とされてしまえば、解雇した従業員の復帰を受け入れた上、従業員に対してバックペイ(解雇されてから復帰するまでの間に従業員が得るべき賃金)を支払わなければならず、大きな負担になります。
解雇は、問題社員に対する強力な対抗策である一方、リスクも高い手段です。
3 退職勧奨
そこで、従業員を辞めさせるために、退職勧奨を行うことが考えられます。
(1)退職勧奨の意義
退職勧奨とは、会社が従業員に対して退職を勧める行為で、会社は、原則として自由に従業員に退職勧奨してよいとされており、従業員が退職勧奨に応じて退職に合意すると雇用関係は終了します。
(2)退職勧奨のメリット
退職勧奨のメリットは、大きく二つあります。
一つは、解雇に比して紛争のリスクが低いことです。一方的に雇用関係を終了させる解雇とは異なり、退職勧奨にはそのような効果はなく、会社と従業員が退職に合意した場合に雇用関係が終了します(「合意退職」といいます)。従業員に退職に合意してもらうために、従業員にとってメリットのある条件(たとえば、「退職勧奨金」の支払いなど)が提案されることも少なくなく、従業員が退職勧奨を受け入れて退職した場合、紛争になるリスクは小さくなります。
もう一つのメリットは、解雇が難しい事案(裁判で解雇が有効と認められない事案)であっても、従業員の退職を実現できることです。解雇には「客観的に合理的」で「社会通念上相当」といえるような理由が求められますが、合意退職にそのような理由は不要です。したがって、従業員に辞めてもらいたいものの、有効に解雇ができないケースであっても、会社は、従業員がメリットを感じる条件を提示するなどして退職勧奨を行い、従業員と合意して雇用契約を終了させることができます。
(3)退職勧奨の限界
このようにメリットの大きい退職勧奨ですが、限界もあります。
従業員は、自由な意思に基づいて退職するかどうかを判断、決定できなければならず、従業員の自由な意思決定をできなくするような退職勧奨、たとえば、「強要」と評価されるような退職勧奨がなされた場合、従業員は退職合意を取消したり、不法行為を主張することができます(なお、勧奨行為自体だけでなく、退職勧奨に応じない従業員に対して嫌がらせをしたり、不利益な人事上の措置も不法行為になり得ます)。また、会社が虚偽の説明をした場合(たとえば、客観的には解雇事由が認められないにもかかわらず、認められるかのごとき説明をして、解雇をちらつかせることで従業員の同意を得た場合等)、従業員は、錯誤(民法95条)に基づいて退職合意の取消を主張することができます。
適切に退職勧奨を行わないと、せっかく退職合意ができても後で取消されたり、損害賠償を求められかねませんので、注意が必要です。
4 退職勧奨のイロハ
弊所で行った退職勧奨事件の経験を踏まえ、退職勧奨を成功させるイロハを述べます。
イ クライアントの十分な納得を得ること
最も重要なことは、クライアントである会社に対して、解雇のハードルの高さや解雇のリスク、解雇の見通し等を十分に説明し、退職勧奨を行うことや従業員に対して相応の退職条件を提示することに納得してもらうことだと思います。なぜなら、クライアントの納得が不十分だと退職勧奨の実施、継続が難しくなったり、必要な退職条件を提示できなくなってしまうなど困難な事態に陥ってしまうからです。
(1)退職勧奨の打ち切り、解雇を求められるケース
問題社員に手を焼いている会社は、往々にして解雇による解決を求めます。しかし、解雇が難しいケースでは、会社の要望通り解雇の手続をとった場合、従業員に裁判で争われて解雇が無効とされると、解雇した従業員が復帰し、多額の賃金(バックペイ)の支払いを余儀なくされます。解雇リスクを避けるため、解雇が難しいケースでは、解雇を求める会社の心情に寄り添いながらも、解雇のハードルの高さやリスク、見通しについて十分に説明し、解雇が難しいことに納得頂いて退職勧奨を行うことになります。
クライアントが解雇の難しさについて十分に理解していないと、退職勧奨しても従業員とスムーズに退職合意できない等の場合に、クライアントから退職勧奨を打ち切って解雇手続を取るように求められる事態がありえます。こうなってしまうと、退職勧奨ができなくなり、他方、クライアントの意向通りに解雇の手続をとると大きな解雇リスクを抱えることになってしまうので解雇もできず、八方ふさがりになってしまいます。
(2)必要な退職条件を引き出せないケース
退職勧奨は、従業員との合意を取り付けて雇用関係を終了させる手段であるため、従業員が退職に同意しない限り退職は実現できません。解雇が難しいケースでどうしても従業員を辞めさせたいのであれば、会社は、退職の同意を得るために、従業員に譲歩し、従業員が納得できる退職条件を提示することが必要になります。そうはいっても、散々手を焼いている社員に譲歩することは心情的にも容易ではないでしょう。そこで、解雇のハードルの高さやリスク、当該事案で解雇が難しいことを理解してもらい、それでも辞めさせたいのであれば従業員に相当の譲歩をすることが必要になることを納得してもらい、従業員への相応の退職条件を認めてもらう必要があります。
会社に従業員への譲歩を受け入れて貰えた場合、退職勧奨はぐっと進めやすくなります。弊所で扱った解雇が難しいケースでも、クライアントに対して解雇のハードルの高さやリスク、当該事案で解雇が難しいことを十分に説明し、退職条件として200万円(およそ月給の6カ月分)の支払いを了承いただいた事案では、従業員に満足のできる退職条件の提示ができたことでスムーズに退職勧奨を進めることができました。
(3)小括
退職勧奨では、「いかに従業員を説得するか」に目が行きがちです。しかし、クライアントの納得がなければ、そもそも退職勧奨を実施すること自体が困難になってしまいますので(そして、解雇が難しいケースでは解雇にも踏み切れず、事案の解決自体できなくなる)。なので、クライアントに対して解雇のハードルの高さやリスク、見通し、従業員の同意を得るためにメリットのある条件を提示する必要があること説明し、クライアントの納得を得ることが「イロハのイ」になると思います。
ロ 解雇事由の十分な調査
問題社員への対応に当たっては、解雇事由について十分に調査する必要があります。解雇事由の有無は、対応方針を検討する指針になるとともに、従業員に退職を説得する材料にもなります。クライアントに対してヒアリングを行ったり(なお、クライアントの窓口だけでなく複数の関係者に対してヒアリングを行うことで取りこぼしのない調査ができます。弊所も、複数名にご参加頂いてzoom会議を行った際、数多くの重要情報に接することができ、一気に退職勧奨を有利に進めることができた経験があります)、問題の裏付けとなる資料の連携を依頼するなどして、解雇事由について十分に調査、検討することが大切になります。
十分な調査によって解雇事由が認められると判断できるケースであれば、退職勧奨が奏功しなかった場合であっても解雇することで解決ができるため、強気に退職勧奨に臨むことができ、会社に有利な退職条件で解決できる可能性が高まります。
弊所が扱った事例でも、クライアントから従業員の能力不足、勤怠不良、パワハラ、会社備品の損壊等に関する多くの具体的なエピソードをご教示いただき、勤務表や会社備品の損壊写真等の提供を受けることができたことで、それらを材料としてスムーズに退職の説得ができたケースがあります。
解雇事由は会社が退職勧奨を有利に運ぶために必要な武器となりますので、退職勧奨を成功させるために丁寧な調査が大切になります。
ハ 従業員の心情への配慮
退職勧奨では従業員が同意しない限り退職は実現しませんが、従業員に反発されると同意してもらうことが困難になります。そこで、従業員の心情への配慮が重要になります。
退職勧奨は、端的にいえば、従業員に対して能力不足や協調性不足等を理由に「会社に要らない」と伝えることで、従業員にとって大きなショックを受ける行為です。もちろん、従業員に問題があるから退職勧奨するわけなので、少なからず従業員がショックを受けるようなことを伝えなければならないのですが、従業員から退職の同意を得るためには、伝え方を工夫するなどして従業員の反発を受けないようにすることが大切になると思います。
弊所が扱った事案でも、仕事の能力に自信を持っていた従業員に対して、「会社とのミスマッチによって能力が発揮できていない」という伝え方をしたことで、反発を受けることなくスムーズに退職勧奨を進めることができたケースがあります。
5 最後に
退職は会社にも従業員も極めて重大な問題で、それゆえハレーションが起きやすく、紛争に発展しやすい事案類型です。このような退職勧奨を成功させるためには、クライアントの理解、納得を得ること(イ)、解雇事由を十分に検討することが(ロ)、従業員の心情に配慮して勧奨を行うこと(ハ)が大切になると思います。
本稿でお伝えした退職勧奨のイロハによって、皆様の退職勧奨が成功することをお祈りいたします。
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