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遺言・民事信託契約書の「ヒヤッと」を防ぐ|認知症の場合は無効?有効性の判断基準は?
認知症の方が遺言を作成したら完全に無効になるのか。受遺者が先に亡くなってしまったらどうするのか。親子関係が悪いため相続させたくない場合はどうすればいいのか。遺言・民事信託契約書作成時は、思わず「ヒヤッと」する場面が多々あります。本記事では、そうしたヒヤっとを防ぐために有用な知識の一部について紹介しています。
遺言の種類
遺言書には下記の通り種類があります。
1 公正証書遺言(民法969条、969条の2)
公正証書遺言は、検認手続が不要で偽造・隠匿の可能性がありません。遺言の有効性が他の様式と比べて争われにくいのがメリットです。
逆にデメリットは、時間と費用がかかる点や立会証人が2人以上必要である点です。
2 自筆証書遺言(968条)
自筆証書遺言のメリットは作成費用が掛からず、他人に知られず手軽に作成や修正可能である点です。
逆にデメリットは、偽造・隠匿の可能性がある点です。相続開始後に検認手続も必要になります。
3 遺言書保管法に基づき遺言書保管所に保管された自筆証書遺言
自筆証書遺言であるにも関わらず検認手続が不要である点は大きなメリットです。偽造変造の可能性も低いですが、遺言者は自ら(代理人は不可)保管所に出頭する必要があります。
認知症の場合に遺言書や契約書は無効になるか
認知症の方が作成した遺言書や信託契約書は無効とされる可能性があります。ただし「認知症だから必ず無効」というわけではありません。症状が軽く、契約や遺言書の内容を理解する能力があれば有効になります。
遺言書作成や民事信託の組成を検討する方は高齢者が多く、軽度の認知症の状態にある方からのご相談も少なくありません。このような場合にどのように考えれば良いでしょうか。
遺言能力や信託組成能力がなければ無効
認知症で遺言を作成した場合に問題になるのは「遺言能力」の有無です。
遺言能力とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る能力を意味します。通常は15歳以上であれば有するとされるものの、認知症の方は遺言能力がないと判断される可能性があり、個々の事案ごとに判断を要します。
これは、信託においても同様です。信託の場合、遺言よりもやや内容が複雑になる傾向があるため、遺言能力がない状態で作成した遺言書は無効です。効力の有無を左右するため、遺言能力があるか否かは非常に重要です。
認知症であれば常に遺言や信託組成はできないのか?
認知症であれば常に遺言書や信託契約が無効になるというわけではありません。
認知症の重さには程度があり、物事を一切理解できない状態から、一定の会話が成立する状態まで様々です。比較的症状が認知症であれば、自分の作成しようとしている書類や契約の内容や意味を理解できるケースはあります。認知症であっても、内容や意味を理解できる状態でした遺言や信託契約は有効です。
内容、当時の状況等諸般の要素を考慮して、有効性について検討しますが、なるべく事前に無効となるリスクを低くする工夫が必要でしょう。
認知症を理由に遺言書の無効を争われたら?
いくら十分に対策をしていても、相続人間に感情的なわだかまりがあれば、トラブルが生じる可能性はあります。遺言の有効性について当事者同士で話がつかなければ、裁判所での調停や訴訟で争われるケースが多いです。
調停とは裁判所が間に入ってする話し合いとお考えください。親族間でトラブルがあれば、まずは調停をするのが通常です。調停でも解決が難しければ、遺言無効確認訴訟が提起されます。
調停・訴訟等の裁判所での手続きには時間がかかり、年単位になるケースも少なくありません。
遺言書や信託契約の有効性の判断基準は?
「遺言能力」とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る能力とされています。ただし、この定義に当てはまるかどうかは個々の事例ごとに判断する必要があります。
この点について、参考になる裁判例があり、以下のように判断しています。
「遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機、事情の有無等、遺言者の情況を総合的にみて、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによって判定すべきである。」(東京地判平16 年7 月7 日判タ1185号291頁)
民事信託(家族信託)の場合も遺言とほとんど同じように考えることができるといえます。したがって、上記裁判例において指摘されているような内容を中心に、委託者において信託の内容を理解する能力があったかどうかを検討していく作業が必要になります。
遺言書が無効とされた場合
認知症の度合いによっては、遺言書が無効と判断されることももちろんあります。
遺言が無効となれば、遺産分割協議が必要となります。遺言に基づいて既に所有権が移転されている財産があれば、それは未分割の遺産として元に戻して、相続人間の協議により遺産の分け方を決める必要があります。法定相続分に従って分けるのが基本ですが、献身的に介護をした相続人が寄与分を受け取れるなど、配分が変更されるケースもあります。
遺言無効訴訟を経ての遺産分割の場合、心情的な対立も不可避でしょうから、争いは長期化することが多い印象です。
受遺者が先に亡くなったらどうする?(予備的遺言の重要性)
遺贈は遺言者の死亡以前に受遺者が死亡していたときは、その効力を生じないとされています(民法994Ⅰ)。受遺者が遺言者よりも先に死亡したとしても、自動的に受遺者の相続人に財産が渡るわけではありません。ですから、受遺者が遺言者よりも先に亡くなった場合についても定めておくべきです。これを予備的遺言と言います。
このことを忘れると、万が一受遺者が先に亡くなった場合に遺言の書き換えをしていないと、せっかく作った遺言を作った意味がなくなってしまうので要注意です。
これを忘れてしまってヒヤッとしてしまうケースがありますので、どういう場合がまずいのか、頭に入れておき、予備的遺言の重要性について理解を深めていただきたいと思います。
推定相続人の廃除
親子といえども関係性は様々です。自分が亡くなった後で、この子には財産を残したくないと考えることもあるでしょう。その場合、最初に思いつくのは、遺言を作ることです。遺言で、渡したくない子以外の人や施設に遺産を渡してしまうということが考えられます。
ただし、この場合、その子の遺留分までは奪うことはできません。
ここで用意されている制度が相続人の廃除というものです。子どもが親にひどい暴力を振るっていた場合など、およそ相続させるべきではないような場合にのみ発動できる制度で、相続権のはく奪という強力な効果を生じます。
遺言による廃除も制度上可能とされているため、これを希望される方もいらっしゃいます。
生前は波風を立てたくないけれども、子どもに対しては不満があるので、遺言で排除してやろうということです。ただし、廃除という制度は大変強力な効果を生じるため、そう簡単に認められるものではなく、注意が必要です。遺言による廃除について安請け合いをして、実際には効果を達成できなかった、ということにもなりかねません。
遺言作成の相談を受けていた士業がそのまま遺言執行者をも務める場合、廃除の手続きを行うのは遺言執行者です。紛争になること必至です。
したがって、この手の相談を受けた場合に、実務ではどのように考えられているのか、相談への回答方針はどのように考えれば良いのか、あらかじめ知識を持っておくということが大切です。
特定財産承継遺言と特別受益の持戻し
遺言を作成する場合、被相続人の財産全部を対象にした遺言を作成することが多いと思います。それでは、財産の一部についてのみ(例えば、自宅である土地建物のみ)作成した遺言の場合、どうでしょうか?
例えば、推定相続人として兄弟2名おり、
① 自宅土地建物
② 現預金
が被相続人の財産としてある場合に、①について長男に相続させる旨の遺言が作成されている場合、この遺言作成者の意思としては、次のア、イのいずれでしょうか?
ア 自宅土地建物は長男に渡し、現預金については兄弟で平等に分けてほしい。
イ 自宅土地建物は長男に渡し、現預金は次男に受け取ってほしい。
現実問題としては、いずれの可能性もあると思います。
ですが、遺言には、あくまでも「自宅土地建物は長男に相続させる」としか書かれていないため、残りの現預金についてどのように分けたら良いのかが遺言からでは不明であるという事態に陥ります。
裁判例上は、イ寄りの判断がなされています。
ですから、遺言作成者がア寄りの希望を持って相談に来た場合には、遺言の内容を工夫する必要があります。
信託契約の落とし穴
信託、特に民事信託(家族信託)は普及途上であり、法的な議論も完成していません。
多くの書式例は市中に出回っていますが、実際の相談事例に合わせてきちんとカスタマイズして行かなければ思いもよらない落とし穴がありえます。
契約条項の規定の仕方如何によって手続きが複雑化するケースや、税金面で不利益を受けるケースもありますから、今、実務においてなされている様々な議論を頭に入れておく必要があります。
また、委託者や受託者が信託で何を達成しようとしているのか、そしてそれが達成可能なのかについて、相談を受けた専門家は注意を払う必要があります。
近時の裁判例で、信託組成に関する相談を受けた司法書士の損害賠償義務を認めた者がありますので、こちらに概要を記載しておきます。
「受託者が金融機関から融資を受けることを予定し信託契約を締結したが、金融機関から融資を断られたため、委託者が信託契約書の案文の作成等を行った司法書士を訴えた事案」(東京地判令3 年9 月17 日家庭の法と裁判35 号134 頁)
裁判所は、情報提供義務及びリスク説明義務違反があるとして、司法書士に不法行為責任を認めました。法的に無効な契約ではありませんでしたが、実務的な側面から、依頼者の希望が達成できなかったケースにおいて、専門家責任が問われたものです。
このことからも、実務がどのように動いているのかについて、気を配っておくことの重要性が強調できると思います。
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