レガシィクラウド ナレッジ
所長と次期所長をつなぐ「士業」の事業承継モデル
士業事務所において、「事業承継」は避けては通れない、しかし極めて悩ましいテーマです。「いつかは引退を」と考えつつも、なかなか具体的な一歩が踏み出せない、あるいは「任せられる人がいない」と悩まれたことはないでしょうか?
私が所属するTXL法律事務所は、いわゆる「親子経営」の事務所ではありません。しかしながら、私たちは「サステナブルな事務所」、つまり、時代が変わり、メンバーが変わっても、その理念や組織が残り続ける事務所を目指して経営をしております。
その過程で、税理士法人レガシィの「アトツギ士業会」という会に参加させていただく機会がございました。この会は、士業事務所における「承継」の悩みや課題を共有し、未来に向かうための交流の場です。そこで私どもが考えている「承継に関する構想」をお話ししたところ、大変興味を持っていただき、「ぜひ税理士の先生方にも共有してほしい」とお声がけをいただいた次第です。
ただ、最初にお断りしておきたい点が2つございます。1つ目は、今日お話しする内容はあくまで「構想」ベースであるということです。「実際にこうやって成功しました」という完了形の話ではなく、「こうすればうまくいくのではないか」と所内で議論している内容が中心となります。
2つ目は、私は弁護士であり、当事務所は法律事務所です。税理士事務所様とは業務形態や法規制において異なる側面も多々あるかと思います。その点をお含みおきいただき、「他士業の事例」として、皆様の事務所経営の参考にしていただければ幸いです。
1. なぜ士業の事業承継は難しいのか?―立ちはだかる3つの壁
私たち士業事務所において、なぜ事業承継がこれほどまでに難しいのか。その要因を整理してみたいと思います。ここでは、譲り渡す側を「所長」、譲り受ける側を「次期所長候補」と呼びます。私が考える「承継を阻む3つの大きな壁」は以下の通りです。
(1) 顧客の承継には顧客の同意が必要であること
まず1つ目の壁は、法的な契約関係の問題です。顧客との契約は、あくまで「所長個人」と「顧客」との間の契約であることが多いです。
一般企業であれば役員を交代したり、株式譲渡等によってオーナーを変えることで承継が可能ですが、士業の個人事務所の場合、そうはいきません。所長と次期所長候補の間で「引き継ぎますよ」「引き受けますよ」と合意しただけでは不十分です。必ず「顧客の同意」が必要となります。
当然ですが、顧客に対して「来月からはこの若い先生が担当します」と一方的に強制することはできません。もし同意していただけなければ、契約はそこで終了です。最悪の場合、他の事務所に顧問契約等を変更されてしまうリスクがあります。
つまり、次期所長候補は、単に実務能力があるだけでなく、所長と同じくらい、あるいはそれ以上に顧客との信頼関係を醸成する必要があるのです。これにはどうしても長い時間がかかります。
(2) 所長側の心理的・経済的ハードル
2つ目の壁は、所長ご自身の心の中にあります。
士業には定年がありません。「一生現役でいたい」という熱い思いをお持ちの先生も多いでしょう。また、現在ある事務所の大半は、所長が一代で築き上げた事務所が多いのではないでしょうか。そうすると、次のような思いが自然と湧いてくるはずです。
「自分が苦労して一から開拓した顧客を、そう簡単に他人に渡したくない」
「本当にあいつに任せられるのか?まだ実力不足ではないか?」
「そもそも、死ぬまで仕事をしていたい。体調が悪くなってから考えればいいのではないか」
そして、切実なのが「経済的な不安」です。
私たち士業には、会社員のような手厚い厚生年金や退職金制度が整っていないケースが多々あります。「引退すると収入が途絶えてしまう」という恐怖感。これが、承継を先延ばしにする大きな要因になっていると考えられます。
(3) 顧客から信頼を承継することの困難さ
そして3つ目の壁は、「属人性の高さ」です。
士業特有の悩みですが、顧客は「〇〇事務所」という看板に仕事を依頼しているのではなく、「〇〇先生個人」を信頼して依頼しているケースが圧倒的に多いと思います。
所長のキャラクター、長年の経験、阿吽の呼吸。これらで築かれた信頼関係を、別の人間が引き継ぐのは極めて困難です。「所長が引退するなら、もうこの事務所にお願いする意味はないな」と顧客が離れてしまい、承継後に案件が激減する。その結果、事務所の存続自体が危ぶまれる。こういったリスクが常に付きまといます。
以上、これら3点が、士業の承継を難しくさせている主な要因だと私は分析しています。
2. その他の見逃せない課題
主要な3つの要因に加え、もう少し細かいですが、無視できない課題についても触れておきます。現場ではこれらも大きな悩みとなります。
(1) 組織形態の制約(個人事務所の場合)
まず、組織形態の問題です。弁護士法人や税理士法人が増えてきたとはいえ、依然として個人事業主として経営されている先生も多いかと思います。
法人化していない個人事務所の場合、所長の引退後、次期所長は顧客と「再契約」を結ばなければなりません。この「再契約」というプロセスが曲者です。「契約書を巻き直すなら、ついでに報酬の見直しをしようか」、「せっかくだから他の事務所とも比較してみようか」というきっかけを顧客に与えてしまうからです。
(2) 次期所長側の負担と人材承継
次に、受け手側の負担です。
次期所長候補からすれば、これまでは実務にだけ集中していれば良かったものが、突然、設備費用の負担、スタッフの給与支払い、雇用の維持といった「経営者としての重圧」がのしかかります。資金面やマネジメント経験の不足から、承継を躊躇するケースも少なくありません。
さらに、スタッフの問題もあります。事務員さんも含め、所長との人間関係で働いている方が多いため、所長の引退を機にスタッフが離散してしまうリスクもあります。
3. 承継を考える上で必要な視点
さて、ここまで「難しい」、「大変だ」という話ばかりしてしまいましたが、承継ができなければ、最終的に困るのは誰でしょうか?
それは、私たちを信頼してくださっている「顧客」です。そして、一緒に働いてくれているスタッフたちです。
当事務所では、これらのハードルを乗り越えるために、様々な角度から検討を重ねています。例えば、所長の経済的不安をどう解消するか。顧客との信頼関係をいかに組織全体に移行させるか。次期所長が納得できる形での承継とは何か。
これらの問いに対する答えは、事務所の規模や形態、所長と次期所長の関係性によって異なります。しかし、共通して言えるのは、「承継は短期間では完結しない長期プロジェクトである」ということです。
また、承継を成功させるためには、金銭的な仕組みづくり、組織形態の見直し、顧客との関係性の再構築など、多面的なアプローチが必要となります。
4. おわりに
本記事では、事務所の事業承継について、その難しさを中心にお伝えしました。
改めて振り返りますと、承継には、大きく3つの壁があります。顧客同意の必要性、所長の心理的・経済的ハードル、そして信頼関係の承継の困難さです。また、組織形態の制約や次期所長の負担といった課題もあります。これらの課題に対して、どのようなアプローチが考えられるのか。金銭的な仕組みづくり、組織形態の見直し、信頼関係の移行方法など、様々な視点から検討が必要です。
冒頭に申し上げた通り、当事務所もまだ完全な答えを持っているわけではありません。試行錯誤の連続です。しかし、「サステナブルな事務所」を作ることは、私たち士業の社会的責任でもあると考えています。
これまで築き上げてきた顧客との信頼関係、専門知識、そして事務所の理念。これらを次の世代につないでいくことができれば、顧客にとっても、スタッフにとっても、そして地域社会にとっても、大きな価値を生み出し続けることができるはずです。
では、これらの課題に対して、具体的にどのような解決策があるのでしょうか?所長の経済的不安を解消する金銭的な仕組みとは?顧客との信頼関係を組織に移行させる具体的な方法は?次期所長が納得できる承継の形とは?承継を計画的に進めるためのステップとは?
これらの具体的な解決策や実践手法については、弁護士岡田奉典による講演『所長と次期所長をつなぐ 士業の事業承継モデル』にて詳しく解説しております。講演では、当事務所で実際に構想している具体的なスキーム、数値を用いたシミュレーション、実務上の注意点など、明日からの事務所経営に活かせる内容をお伝えしています。ぜひご視聴ください。
皆様におかれましても、それぞれの事務所で、それぞれの形での「承継」を考えていただく機会となれば幸いです。
当社は、コンテンツ(第三者から提供されたものも含む。)の正確性・安全性等につきましては細心の注意を払っておりますが、コンテンツに関していかなる保証もするものではありません。当サイトの利用によって何らかの損害が発生した場合でも、かかる損害については一切の責任を負いません。利用にあたっては、利用者自身の責任において行ってください。
詳細はこちら