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【職業タイプ別】富裕層離婚の弁護士・税理士のチェックポイント

富裕層の離婚は、単なる夫婦問題ではなく、事業・資産・承継が複雑に絡む「総合案件」です。職業タイプによって資産構造やリスクが異なるため、弁護士・税理士は一般的な離婚実務の枠を超えた対応が求められます。

本稿では、医師、オーナー企業経営者、スタートアップ創業者、外資系勤務者など、職業タイプ別の論点を整理し、事前にできる予防策や専門家連携の重要性を解説します。離婚はビジネスにとって重大なリスク事象になり得る――その認識を共有し、クライアントの資産と事業を守るための実務視点を提供します。

1 富裕層離婚は、なぜ「普通の離婚」と違うのか

富裕層の離婚は、一般的な離婚事件とは大きく異なる特徴があります。例えば、次の四つのポイントです。

① 当事者が経営者である

高額資産を保有する方の多くは、会社経営や事業承継に関わっています。離婚は本来「夫婦の問題」であるはずですが、経営者の場合、「会社」「株主」「従業員」など、多数のステークホルダーを巻き込む問題へと発展します。

② 資産構造が多様である

不動産、非上場株式、持分、海外資産、ストック・オプションなど、流動性も評価方法も異なる資産が複雑に入り組みます。単純に「預金と自宅不動産を分ける」といった整理では済まないケースがほとんどです。

③ 資産承継・事業承継と密接に結びついている

多額の資産を有する方は、しばしば「自分の代で使い切る」のではなく、「二代・三代を見据えた資産防衛・承継」を志向します。そのための取り組みに離婚が割り込むことで、承継計画そのものの見直しを迫られることがあります。

④ 生活水準・教育水準が高い

運転手やシッター、家事サポートが日常的に入り、月数百万円単位の生活費がかかっている世帯も珍しくありません。子どもの海外ボーディングスクールや留学で、年間数千万円の教育費を支出しているケースもあります。離婚後も、どこまでその水準を維持すべきかという問題は、婚姻費用や養育費、財産分与の場面で、強い対立の火種となります。

加えて、富裕層の財産分与には「上限」がありません。世界的な事例としては、巨大IT企業創業者の離婚において、株式ベースで数兆円規模の財産分与が行われたケースが知られています。日本でも、数億、十数億単位の財産分与は現実的な論点です。

こうした前提を踏まえると、富裕層の離婚は、一般的な家事事件というより、「ビジネスと資産と家族がぶつかる総合案件」と理解した方が実務にはなじみやすいのではないかと思います。

2 職業タイプ別に見る「富裕層離婚」の主要論点

富裕層といっても、その中身はさまざまです。医師、オーナー企業経営者、スタートアップ創業者、不動産オーナー、ファンド関係者、上場企業役員、外資系金融機関勤務者……。

私は、現場の感覚として「職業タイプごとの構造を正しく理解していないと、離婚実務で誤った結論にたどり着きやすい」と感じています。本稿では特にご相談の多い四つのタイプを簡単にご紹介します。

① 医師・歯科医師の離婚:医療法人と「家業性」の問題

医師といっても、勤務医なのか開業医なのか、個人事業なのか、医療法人・一般社団法人なのか、MS法人を併用しているのか、その違いが収入・資産構造に大きな影響を与えます。

中でも、持分あり医療法人の「持分評価」は典型的な論点です。
非営利法人で配当制限がある結果、内部留保が厚くなりやすく、純資産ベースで評価すると高額な持分価値が算出されます。裁判実務では、純資産価格を基礎としつつ、地域医療を担う公益性などを考慮して調整した裁判例もありますが、依然として評価方法は大きな争点です。

一方、持分なし医療法人についても、形式上は「財産権は観念できない」にもかかわらず、実務上はM&A市場で売買されている現実があります。内部留保の蓄積や退職金との関係などを踏まえ、どこまで価値を認めるかという微妙な判断が求められます。

また、医業は「家業」として捉えられることも多く、配偶者や親族が理事・従業員・株主として関与しているケースがよくあります。離婚に伴い「クリニックにはもう来てほしくない」といった感情的対立が生じたとき、役員解任や従業員の解雇、出資持分・株式の扱いなど、会社法・労働法・家族法が同時に動き出します。

さらに、「子どもにクリニックを承継させたい」という思いが強い家庭では、夫婦間の権利関係だけでなく、「次世代のためにどこまで譲歩すべきか」という価値判断も交錯します。ここでは、厳密な法律論だけでなく、実務感覚とファミリービジネス的な視点が求められます。

② オーナー企業経営者の離婚:自社株評価とガバナンス

オーナー企業の場合、オーナー個人の財産の大半を自社株が占めていることが少なくありません。

自社株は、評価が難しい、換金しにくい、そして会社の支配権に直結する資産です。財産分与の対象となるとき、「いくらで評価するか」「どう分けるか」によって、事業の継続やガバナンスにも影響します。

評価方法としては、相続税評価額(純資産価額・類似業種比準価額)やDCFなどのバリュエーションが候補になりますが、裁判所が一律の基準を採用しているわけではありません。実務の印象としては、純資産をベースに、簿価計上されている資産が時価と乖離しているときにこれを調整したり、将来の収益力などを考慮しながら一定の修正を行う、といった運用がよく見られます。

財産分与の支払方法としては、原則として「現金による代償金」が選択されますが、そもそも現金が十分にない場合には、
・第三者への株式売却
・会社による自己株式取得(いわゆる金庫株)

などが検討されます。いずれも、株主構成を変化させることで資本リスクや資金流出の問題を生みかねません。

さらに、事業承継対策で用いられたスキームが、離婚の場面で思わぬ姿を見せることがあります。
ホールディングスや持株会・財団を用いた株式移転は、「相続税負担の軽減」のためには有効なこともありますが、夫婦の視点から見ると、「家庭から見た財産基盤をどこまで減らしてよいのか」という問題を引き起こします。

また、株式や財産を第三者に渡した場合、その財産について、「形式上は第三者名義だが、実質的には誰のものか」という「第三者名義財産」の論点も生じます。税務・承継の世界では日常的になじみのある構造ですが、離婚の場面では別の角度からの検討が必要であり、税理士と弁護士の連携が特に重要となる領域です。

オーナー企業では、創業家や親族が離婚に強く介入することも多く、ファミリーガバナンスや株主間契約の内容が離婚交渉に影響する場面もあります。「家族・会社・資産」という三層を同時に見ながら調整していく必要があります。

③ スタートアップ経営者の離婚:企業価値の変動とEXITへの影響

スタートアップの創業者の財産は、ほとんどが「普通株式」で構成されています。現金は乏しく、そして企業価値、すなわち株式の価値が短期間で激変することも珍しくありません。

離婚実務で問題になるのは、例えば次のような点です。

一つは、出資ラウンドにおけるバリュエーションを、どこまで裁判所が「会社の価値」として採用しうるかという問題です。VC等が行うデューデリジェンスを踏まえたバリュエーションは、将来の成長期待を織り込んだ数字であり、必ずしも客観的なものではありません。それでも、バリュエーションレポートが証拠として提出されると、その作成過程が緻密であるほど、裁判所はそれを有力な一つの指標として見る、という現実があります。

もう一つは、「別居後の企業価値の急上昇」をどう扱うかという問題です。
財産分与の基準時は、実務上、別居時とされることが多いですが、評価自体は「現在価値」を採用する運用が一般的です。別居から数年の間に企業価値が十倍に成長することもあり得るスタートアップでは、「どこまでを夫婦の共同成果とみるか」「どこからを別居後の創業者の努力とみるか」という線引きが難しくなります。

出口戦略との関係も深刻です。
離婚により創業者の株式が大きく減少するおそれがある、あるいは配偶者に株式が渡る可能性があるとわかれば、投資家は出資に慎重にならざるを得ません。上場準備中のスタートアップでは、「創業者の離婚問題がクリアになるまで、主幹事証券が上場判断を保留せざるを得ない」という事態も現実に起こります。当然、その影響は従業員のストック・オプションにも及びます。

こうした場面では、単純な「清算的財産分与」の発想だけでは足りず、将来のEXITやM&Aを見据えた段階的な支払合意など、柔軟な設計が求められます。

④ 外資系勤務者の離婚:ボーナスと株式報酬

外資系企業に勤務する方の離婚では、「収入の中身」が大きな論点になります。

ベースサラリーに加え、インセンティブボーナス、サイニングボーナス、そして株式報酬(RS/RSU/PS/PSUなど)が組み合わさり、さらに株価や業績によって実際の受取額が大きく変動します。退職や転職により、基準日後の将来、受け取れるはずだった株式報酬が消滅することも少なくありません。

婚姻費用(生活費)を算定する際には、「一時的な高額収入」と「継続的な稼得能力」をどう区別するかが問題になります。サイニングボーナスや分割付与型の株式報酬について、どこまで平準化して所得に算入するかは、実務でも判断が分かれるところです。富裕層世帯では、実際の生活費水準自体が高額であることが多く、「生活実態」と「支払能力」のバランスをどう取るかも重要になります。

財産分与の場面では、株式報酬の権利確定時期(ベスティング)と別居時との関係が大きな論点となります。
別居時点ですでに権利が確定しているものは、原則として財産分与の対象と考えられますが、権利確定が別居後にまたがるものについては、退職金と同様に「付与から権利確定までの期間」と「婚姻期間」の重なり具合を日数比率で捉え、一定割合だけを対象とする考え方が実務上見られます。

さらに、退職や転職によって株式報酬が消滅した場合、それを「財産分与の対象から外すべきか」「なお存在するものとみなすべきか」という難しい問題も生じます。ここでは、「不可抗力かどうか」といった抽象論だけでは割り切れず、転職先で同種の株式報酬を得ているかどうかなど、具体的事情を丁寧に見ていく必要があります。

3 税理士・専門家が関与する意味と、その実務的重要性

離婚は「3組に1組」と言われています。
体感として、富裕層世帯ではその割合がもっと高いのではないかと感じることもあります。

上記のように離婚が生じると、本人同士の問題にとどまらず、会社や事業、資産承継の計画にまで影響が及びます。時間をかけて、関係者間の調整を行いながら設計してきた承継計画やガバナンスの体系が、離婚という出来事によって根底から揺らぐこともあるからです。

離婚は、ビジネスにとって“重大なリスク事象”になり得るということです。

この意味で、顧問税理士が「無関心でいていい領域」ではありません。

むしろ、資産・事業・承継を理解している立場だからこそ、最も早い段階で異変に気づき、適切な対応につなぐことができます。

では、何をもって「適切に対応した」と言えるのでしょうか。

第一に、離婚によってどの部分にリスクが生じうるのかを理解しておくこと。

株式の評価、事業承継スキームへの影響、ガバナンス、婚姻費用や生活費の水準など、押さえるべき論点を事前に知っておくことが重要です。

第二に、専門領域を越える問題が生じた際、「ここに相談すれば解決まで進められる」というルートを確保しておくことだと思います。

離婚は、税務・法務・会社法・ガバナンス・家族関係が重層的に絡み、弁護士ひとりで完結しないこともあります。
だからこそ、顧問先のビジネスと資産を守るという観点から、弁護士につなげ、連携していくことが、結果として大きな信頼につながります。

4 トラブルを軽減するために、事前にできること

離婚問題は、発生してから対応するしかない面がある一方で、富裕層のケースほど「事前にできること」が多い分野でもあります。

① 特有財産の整理と立証

相続や贈与で取得した資産、婚姻前から保有している資産は、原則として特有財産となり得ますが、実務上は、「何が特有財産か」を主張し、立証するハードルが決して低くはありません。「いざというときのために」という発想だけでなく、資産管理の一環として、取得時期・取得経緯を示す資料を整理しておくことは有益です。

② 所有形態・ガバナンスの設計

信託、持株会社、ファミリーオフィス、財団などを活用することで、「夫婦の財産」と「次世代に残すべき財産」をある程度分けて管理することが可能です。ただし、形式のみを整えた「財産分与逃れ」とみなされれば、否認されるリスクもあります。ガバナンス・相続対策・経営判断として、本当に必要なことであることが大前提となります。

③ 婚前契約・婚後契約

婚前契約(夫婦財産契約)は、結婚前にしか締結できないという大きな制約がある一方で、離婚時の財産関係を大きくデザインできる強力なツールです。結婚後であっても、婚後契約的な合意により、一定の予防効果を持たせることも可能です。

④ 潜在的共有持分に関する合意

海外のファンドや一部VCでは、創業者と配偶者との間で、株式に関する「潜在的な共有持分」の扱いについてあらかじめ合意を交わす取り組みも見られます。EXITの妨げとなるリスクを低減するための工夫であり、今後、日本でも参考にすべき考え方の一つだと感じています。

これらのテーマはいずれも、「離婚対策」という狭い文脈にとどまらず、「ファミリーの資産とビジネスを、長期的にどう守るか」という大きな問いとつながっています。

5 AI時代に残る「富裕層離婚」という仕事

AIの進展により、士業の仕事の多くは形を変えていくと言われています。

それでも、富裕層の離婚という分野は、

・強い感情が絡む「離婚」というテーマ
・富裕層世帯特有のマインド・価値観
・司法権としての裁判が、裁判官という人に委ねられ、裁量が働くこと

という三つの理由から、人間の専門家が関わり続ける領域だと私は考えています。

実務では、婚姻費用が一審と二審で大きく変わる、財産分与の対象財産が審級によって異なる、ということも珍しくありません。
裁判官は人間であり、その事件の背景事情や当事者の置かれた状況の受け取り方によって、判断が変わり得ます。だからこそ、事実をどう整理し、どのように裁判所に伝えるか、説得できるかが、極めて重要になります。

2026年1月1日発売の講演「職業タイプ別 富裕層離婚 弁護士・税理士のチェックポイント」では、こうした論点について解説しています。

富裕層の離婚という、複雑で大きな問題。
そこに、真正面から向き合い、クライアントの人生に伴走することは、AIには代替できない、士業ならではの大きなやりがいでもあります。

離婚やファミリービジネスの領域に関心をお持ちの弁護士・税理士・専門家の方々と、今後も連携や情報交換を深めながら、この分野に取り組んでいければ幸いです。

 

本記事の執筆者

岩崎隼人

岩崎総合法律事務所 代表弁護士。
富裕層法務、ファミリービジネス法務を扱う。講演・執筆も多数行い、2026年春『富裕層の離婚 実務詳解』(日本法令)刊行予定。

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