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取得費とは?不明な場合や誤りやすい事例を解説
原則として、取得費は所得税法第38条第1項の「別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額」に基づき計上し、当該金額が分からない場合には、例外として譲渡価額の5%を取得費(以下「概算取得費」)として譲渡所得を計算することになります。
一般的には、売買で土地等を取得するケースが多数かと思いますが、負担付贈与、財産分与、代償分割など少し特殊なケースで取得した場合の取得費について、実務において判断に迷うケースもございます。
今回は、取得費の原則論を踏まえた上で、とりわけこのような特殊なケースで取得した資産の取得費について取り上げて解説します。
取得費とは
(1)「資産の取得に要した金額」が明確な場合
所得税法38条第1項における「資産の取得に要した金額」とは、資産の本体価額だけでなく、その取得の際に支払った税金や仲介手数料などの付随費用も含まれます。それに加えて、相続や贈与などで資産を取得した際に支出したものがあれば、その支出額も取得費に算入することができます(所基通60-2)。
ただし、その支出した費用のうち事業所得や不動産所得で必要経費となるものは、算入できないこととされています。
また、その支出の範囲については、「通常必要と認められる費用」に限ることとされていますので、例えば、登記費用や不動産取得税、株式などの名義変更料などは含まれますが、遺産分割に関する訴訟費用や弁護士費用などは対象外とされています。
(2)「資産の取得に要した金額」が不明な場合
例えば、先祖代々相続により受け継がれている土地などで、その資産の取得に要した金額がわからないような場合には、概算取得費で譲渡所得を計算することになります(措法31条の4①)。
法令においては「昭和27年12月31日以前から引き続き所有していた土地等又は建物等を譲渡した場合」に適用することとされていますが、租税特別措置法通達31の4—1において、昭和28年以後に取得したものについても、当該規定の適用を可能とする取扱いがされています。
なお、取得費が明確な場合であっても、資産の売却価額及び取得時期によっては、概算取得費で譲渡所得を計算した方が有利なケースがあります。
その場合には、実額の取得費又は概算取得費のいずれか有利な方を選択することができますが、重複して適用することはできません。
相続財産を譲渡した場合の取得費の特例(措法39)
相続により取得した土地、建物、株式などを、一定期間内に譲渡した場合で次のイ~ハの要件に該当した場合には、支払った相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができます。
イ 相続や遺贈により財産を取得した者であること
ロ その財産を取得した者に相続税が課税されていること
ハ その財産を、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していること
相続や遺贈により財産を取得することが必要となりますので、贈与による取得は対象外となりますが、7年以内贈与加算、または相続時精算課税の適用財産として、相続税の課税価額に算入されたものについては特例の適用対象となります。
また、当該特例を適用するためには、相続税が課税されていることが前提となりますので、相続税の申告書を提出している場合であっても、配偶者の税額軽減などの税額控除を受けて、納税がない場合には加算する取得費はありません。
最後に、当該特例は当初申告での適用が要件とされているため、当初申告でその適用を失念した場合には、その適用を求める更正の請求はできませんので注意が必要です。
誤りやすい取得費
(1)買換え・交換特例の適用により取得した資産の取得費
主として、次のイ~ニのような譲渡所得の買換えの特例の適用を受けて取得した買換資産等の取得費については、特例の適用を受けた段階で取得価額の引き継ぎが行われています。
よって、依頼者が過去に買換え特例を適用しているにもかかわらず、その引き継がれた取得費を使用せず、実際の取得費で譲渡所得の計算をした場合には、譲渡所得及びその税額は誤って計算されてしまうため注意が必要です。
イ 固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例(所法58)
ロ 収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例(措法33)
ハ 特定の居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例(措法36の2)
ニ 特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(措法37)
実務においては、買換え特例の適用の有無について依頼者への確認が必要となります。依頼者もわからない場合には、税務署で確認することができます。
仮に、引き継がれた取得費があった場合でも、その金額が概算取得費に満たない場合には、有利となる概算取得費を使って譲渡所得の計算をすることができます。
(2)負担付贈与により取得した資産の取得費
贈与により取得した資産の取得費については、所得税法第60条第1項第1号において、前所有者の取得費を引き継ぎます。
贈与のうち、負担付贈与の場合でも、同様に取得費の引き継ぎが行われるのかという問題がありますが、負担付贈与は単純な贈与には含まれないと解されておりますので、前所有者の取得費を引き継がず、引き受けた負担額がその資産の取得費になります。
例えば、「この土地を贈与する代わりに800万円のローンも引き受けてほしい」とする内容の負担付贈与があった場合、受贈者が受けたこの土地の取得費は引き受けた負担額の800万円になります。
ただし、例外として負担付贈与による受贈者の負担額が「贈与時におけるその資産の時価の1/2に満たない低額譲渡に該当し、かつ贈与者の譲渡所得の金額の計算上、損失が発生する場合」には、前の所有者の取得費を引き継ぐことになり、いわゆる単純贈与と同様の取り扱いになります。
(3)財産分与により取得した資産の取得費
離婚の際には、その一方が他方に対して財産分与請求権を有し、請求された側は、財産分与義務が生じることとされており、分与義務者が財産分与の履行として、例えば、自宅等を相手方に渡した場合には、無償であっても分与義務が消滅することになります。
資産の譲渡は、有償無償を問わないとされていますので、物を引き渡すことによって、義務が消滅する、裏を返せば、義務の消滅という経済的対価として資産を譲渡したことになり、分与義務者に譲渡による所得税が課税されることになります。
一方、財産分与を受けた側の土地建物などの取得費については、財産分与は贈与には該当しないため、所得税法第60条第1項第1号における取得費の引き継ぎはなく、分与時の時価が取得費になります(所基通38-6)。
(4)代償分割により取得した資産の取得費
例えば、被相続人甲には相続人A、Bの2名がおり、甲の財産が時価2,000万円のX不動産しかない場合で、相続人Aが甲からこの不動産を相続し、代償債務の履行としてAの固有の財産から1,000万円をBに支払うという分割(代償分割)を行ったとします。
取得費の論点は次のイ及びロとなります。
イ AがBに支払う代償債務の履行を金銭で行う場合、その1,000万円は相続したX不動産の取得費に加算できるか
ロ AがBに支払う代償債務の履行を金銭ではなく、甲の相続前からAが所有している土地で行った場合、Bが取得した当該土地の取得費はいくらになるか
補足になりますが、上記イは、Aが甲から相続したX不動産についての取得費、上記ロは、BがAから代償債務の履行として受けた不動産(相続開始前からA所有)の取得費の問題となりますので、それぞれ対象となる不動産が異なります。
結論として、上記イについては、AがBに代償債務の履行として支払った1,000万円の金銭については、相続税の課税価格の計算上、控除されるべき性質のものであることから、X不動産の取得費にはならないとされています。
また、上記ロについては、Bが代償債務の履行としてAから受けた土地は、Aからの相続や贈与で取得したものには該当しないため、Aからの取得費の引き継ぎはなく、その履行があった時の時価で取得したことになります。
(5)代物弁済により取得した資産の取得費
代物弁済とは、例えば、本来であればお金を借りたから、お金で返さなければいけないものを 債権者の承諾を得て、土地などの異なるもので弁済することをいい、具体的には、AがBに100万円の金銭を貸していて、Bには100万円の手許現金がないため、B所有のY土地(時価100万円)をもって返済するような場合です。
取得費との関連では、Aは貸付金の返済としてBからY土地を取得することになりますが、そのY土地の取得費は、原則として、その弁済により消滅した借金の額が取得費になり、このケースでは100万円が取得費になります。
ただし、例外があり、仮にBがAから400万円の借金をしている場合で、上記同様にBがY土地(時価100万円)で弁済したとします。
この場合、原則論からいえば、Bから弁済を受けた土地の取得費は、弁済によって消滅した借金の額になりますので、400万円になるかと思いますが、このようなケースでは差額の300万円については、Aが債務を免除したものであり、それは貸倒損失で処理すべきものとされることから、資産の取得費を構成するものではなく、土地の時価の100万円が取得費になります。
つまり、弁済により消滅した債権額が資産の価額を超える場合には、当該資産の価額が取得費となりますので、注意が必要となります。
(6)遺留分侵害額の請求に基づく取得費
例えば、被相続人甲の相続人としてAとBの2名がいる場合で、甲が「Aにすべての財産を相続させる」という遺言書を残していたとします。
この場合でも、BにはAに対し自己の権利に基づいて甲の相続財産の一部を請求することができる、いわば「遺留分」という権利が認めれています。(民1046①)
この請求を「遺留分侵害額請求」といいますが、原則として、請求を受けたAはBに対して遺留分侵害額請求に対応した金銭の支払い義務が生じますが、当事者間の合意があれば、土地などの他の財産で支払うこともできます。
AB間の合意で、AはBに対してM土地で支払うこととした場合、Bが取得したM土地の取得費については「移転を受けた時に消滅した債権の額」とされています(所基通38-7の2)。
上記について具体例で整理します。
【具体例】
1 昭和55年 被相続人甲がM土地を2,000万円で購入
2 平成30年 被相続人甲はAに全財産を遺贈する旨の公正証書遺言を作成
3 令和2年 被相続人について相続開始(相続人:AとB(2名))
4 令和2年 BがAに対し、遺留分侵害額に相当する金額4,000万円の支払請求
5 令和3年 AB間の合意により、AがBに対して、遺留分侵害額に相当する金額4,000万円の支払いに代えて、平成30年に相続したM土地(時価4,000万円)の所有権を移転
この場合、Bが取得したM土地の取得費は「移転を受けた時に消滅した債権の額」とされていますので、消滅した遺留分侵害額請求権の金額(4,000万円)となります。
なお、M土地の取得原因は贈与には該当しないため、所得税法第60条第1項第1号における取得費の引き継ぎはなく、被相続人甲の取得費2,000万円の引継ぎはありません。
(7)共有持分の放棄により取得した資産の取得費
共有者の1人が持分を放棄すると、その放棄した者の持分は、他の共有者に帰属することとされています(民法255)。
共有者の共有持分の放棄を理由として取得した共有持分については、贈与により取得したものとみなされ、いわゆる「みなし贈与」として贈与税が課税されます(相法9、相基通9-12)。
通常の贈与であれば、所得税法第60条1項第1号において、前所有者の取得費は引き継ぎますが、問題となるのは、共有持分の放棄によりみなし贈与とされたものでも、取得費の引継ぎが行われるのかという点になります。
所得税法第60条第1項第1号の本文において「(取得費の引き継ぎが行われる場合として・・)贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)」と規定されており、贈与については「みなし贈与」の文言は見当たりません。
他方で、非課税所得の規定である所得税法9条第1項17号においては「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」と規定されており、通常の贈与で取得したものに加え、みなし贈与で取得したものも非課税所得とされています。
以上より、所得税法においては、いわゆる「通常の贈与」と「みなし贈与」を法令の文言で書き分けられていると考えますので、所得税法第60条第1項第1号の本文において「みなし贈与」が含まれていない以上、共有持分の放棄により贈与とみなされたものについては、前所有者からの取得費の引継ぎはなく、また、資産の取得のための支出もない場合には、取得費はゼロということになります。
ただし、共有持分の放棄を受けて取得した部分に対応する譲渡所得の計算において、概算取得費の特例の適用は可能とされています。
(8)時効取得した資産の取得費
土地等を時効の援用により取得した場合には、一時所得に該当し、時効取得の時の時価がその総収入金額に算入され、当該土地等の取得費についても、取得時の時価になるとされています。
おわりに
取得費の誤りは、そのまま譲渡所得及び税額の計算誤りに結びつきますので、資産の取得原因を踏まえ、前所有者からの取得費の引き継ぎが行われるのか、譲渡所得の買換えの特例等を過去に適用しているかなど、慎重な検討が必要となります。
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